序章7 side havo
オフィスに戻って、やれやれと腰を落ち着ける。
待ち構えていたみたいにブレダが寄ってきた。
「・・・・なんか夢でも見たような顔してるな。何かあったのか?ハボック」
「ああ?そんな顔してるか、俺・・・」
ふう、とため息をつく。
さっき会った天使みたいな美少年を思い出すと、顔が火照る。
こんなの、まるで一目ぼれみたいだ。
女のほうが絶対好きなはずなんだけどなあ。おかしい。
口数少なく、でも小さく聞こえた声は澄んでいて、甘い。
まだ声変わりもしてないくらい幼いんだろうか?
長いまつげが影を落とす瞳が、眼鏡の奥でも強い光を放つ。
あんな目で見つめられたら、大抵の人間はその瞳に囚われてしまう。
「おい!ハボックってば!」
「あ、ああ?わりい、何だっけ・・・」
心ここにあらずの俺に、ブレダがあきれたようにため息をつく。
「お前、ほんとにおかしいぞ。・・・・・ま、お前だけじゃないけどな」
「何だそれ。誰がおかしいって?」
「お前。と、あと・・・・大佐もな」
驚いてブレダを見つめる。
奴は、今度こそ本当にあきれたように首を振った。
「気付いてなかったのかよ。おめでたいぜお前」
「大佐が?それ、何でだ?いつから・・・」
「仕事にけりつけて早く帰ったときがあったろ?あれからだな」
「反乱テロの事後処理が終わった直後ってことか?」
そういえば、最近きちんと机に向かっている。
そしておとなしい。・・・・・確かにおかしい。あの大佐が真面目になった。
「真面目に仕事してるかと思えば、ふと思い悩むようにしてるし。
なんかあったかなって思ってさ・・・・久々に飲みにでも誘ってみるかと思ったんだけど」
ブレダの提案に飛びついた。
「賛成!俺の行きつけがあるから行こうぜ。
安くて旨くて庶民的なのに、ピアノの生演奏も聴けるいいトコ知ってんだ」
「ピアノ?ハボックが?まあ、大佐にはいいかも知んないけど・・・」
驚くより引いた様子でブレダが顔をしかめる。失礼な。
「でもさ、俺たちいい部下だと思わないか?大佐も上司冥利に尽きるだろ」
「ハボック・・・・急に元気になってないか?変な奴」
うきうきする気持ちの理由に気付いて気付かない振りをする。
だから、俺は女が好きだからあの美少年は関係ない!!ピアノが聴けるのが嬉しいだけ!
・・・・・・・・・多分。
「善は急げ、だな。さっそく大佐に予定聞いてくる」
オフィスを飛び出して、まっすぐ執務室へ向かった。
コンコンと扉を叩く。
「失礼します」
えびす顔で扉から顔を出す。・・・・と、
大佐は机に向かって真面目に書類を見ている。
これは本当におかしい。大佐に何があったんだろう?
「どうした、ハボック少尉。市街地のほうで何か報告でも?」
「いえ。そうじゃないんですけど」
室内に入るときのこのふざけた笑顔を見て、仕事の話と思う大佐は本気でおかしい。
しかも真面目に仕事をしてるのに、なんとなく覇気がない。
「最近、何かあったんですか?」
問いかけると、意外そうに大佐が顔を上げた。
気付かれてないとでも思ってたんだろうか?実際気付いたのはブレダだけだったけど。
「最近真面目すぎて気持ち悪いっす」
「・・・・上司に向かって気持ち悪いはないだろう、ハボック少尉」
「じゃあ飲みに行きましょう。ブレダ少尉も心配してますよ。今日早く上がれますよね?」
「私はいいよ。二人で行ってくるといい」
「何でですか?無理に飲ませたりしないから大丈夫ですよ」
そういうと、大佐がその言葉に笑ってみせた。
でもそれははつらつとしたいつもの大佐じゃない。
やっぱり大佐は、どこか元気がないように見えた。
「だめだった。大佐、その気分じゃないってさ」
「そっか・・・やっぱ何かあったんだな」
「そしたら今日どうする?二人で行くか?」
「肝心の大佐がいないのに行ってどうすんだよ。大佐誘いこめたらにしようぜ」
大佐の本物の世話女房役はホークアイ中尉だが、
ブレダも頭が回る分、見かけよりずっと、世話焼きで気を使うほうだ。
だから俺は、コイツといると居心地がいい。
「いいじゃんブレダ、ピアノ聴きにいこうって」
「なんだよお前。ピアニストにでも惚れたのか?」
むしろそっちのほうが興味がある様子で、ブレダが食いついてきた。
そういうことなら付き合う、と目が言っている。
「冗談!!俺は男に興味はない!!」
思わず大声で否定して、立ち上がる。
はっと気付くと、静まり返るオフィス。周囲の視線が痛い。
「そんな真っ赤になって否定しなくても、分かったよ。ピアニストは男か。
・・・・興味わかねえなぁ。やっぱ俺はパスするよ」
いきなりつまんなそうにブレダが言って、それでその話は終わった。
俺がおかしいって・・・もしかして恋愛がらみだと思ってたんだろうか?
それはちょっと、釈然としない。
俺は美少年には興味はない。断じてない。
それでも仕事が終わって久々に居酒屋に顔を出す。
座ったとたんに、酒とつまみを振舞われた。
待ち構えてたみたいに、どんとテーブルに置かれる。
「これって?俺まだ注文してないけど・・・」
「いいの。少尉は助けてくれたんだろ?細かいトコは良く知らないけど・・・
あんたに話しておいて良かった。今日は奢るから、遠慮しないで」
おかみさんが耳打ちする。
立ち去ろうとするところを、思わず袖を掴んで引き寄せる。
「それって、もしかして今朝のこと?」
頷くおかみさんに、畳み掛けて聞く。
「なんて言ってた?」
「何って・・・あの子の事情は話したろ?女衒に捕まったトコ逃げたんだって・・・
その売人に、手を出すなって言ってくれたんじゃないのかい?それしか聞いてないけど」
驚いた様子で、おかみさんが言う。
俺はただ、あの子がどのくらい話せるのか知りたかった。
「それだけ?」
「そうだよ。だって、あの子、口が利けないじゃないか。
たどたどしくて、今だって言葉は少ないんだよ。
少尉の話をしたのも、こっちが驚いたくらいよっぽどのことだよ」
そうなんだ、と驚いた俺の様子におかみさんは不安そうに言葉を付け加えた。
「・・・他にも何かあったのかい?」
「いや。ないけど、そのあと今日は何か変わったことなかったかなって思って」
そう言うと、感謝したような眼差しを満面に受けた。
おかみさんは、本当はその報告もしたかったんだな。
「実は、売人が取引してるトコに、うちのお得意様がいてね。娼館なんだけどさ。
開店前に怒鳴り込まれたんだけど・・・軍から預かったって本当か!?ってすごまれて。
そうだって言い返したら、それ以上話がこじれなくて済んだんだよ。
少尉が気転をきかして、軍が預けたって言ってくれたんだろ?助かった」
ああ、そういえば・・・
あの時は軍服着てて職務中。
それでハッタリかますなら、と軍の名前を出したんだ。
は男娼にでもさせられるところだったんだろうか?
ぶっそうな世の中だ。
「は?今何してる?」
「おくで調理してるよ。何か作らせるかい?」
てことは、今ここに出ている料理もが作ったんだろうか。
いつものメニューが特別輝いて見える・・・って、
そんなはずはない。おれは美少年には別に!
「・・・なんだい頭かかえて・・・」
おかみさんが不審そうに言う。
がばっと顔を上げると、それに呼応するように反射的におかみさんが避ける。
「ピアノ!聞きたいんだけど」
「ああ、なんだそっちかい」
得心したようにおかみさんは笑顔で頷いて、納得したようにみえたのに
そのあと、少し思案して黙って首を振る。
「ダメだよ。あの子、どんな育ちをしたのか知らないけど世間知らずで。
しかもあの容姿で周りが放っておかない。でも何かあっても助け呼べないだろ。
口も利けないんじゃ、危なっかしくて表には出せないよ」
居酒屋の看板にはするつもりがないらしい。
「もったいないな・・・ピアノ演奏なんて、看板にしたら儲かると思うけど」
「今までだって儲かってたさ。どうしても行き詰ったら、考える」
確かに他の男の視線にとまるのもイヤだから、おかみさんの考えはありがたかった。
おかみさんは、すこし嬉しそうに俺だけにこっそり耳打ちしてくれる。
「昼の定食が終わる3時頃なら、あの子のピアノが聴けるかもしれないよ。
夜と昼の営業時間の合間に、弾いていいことになってるから」
思わずおかみさんの顔をまじまじと見た。
微笑んで頷くおかみさんが、そのまま立ち去る。今度は引き止めなかった。
そのかわり後姿にむかって声を張り上げた。
「ありがとう!」
微笑んだまま振り返って、うんうんと頷くおかみさん。
これは、聴きに来てもいいってことだろ?すごい!
この居酒屋は、夕方から始まって夜中に終わる。
昼間は時間限定でランチの定食をやっていて、だいたい2時頃までで店はいったん閉まる。
きっと、ランチの後片付けが終わった後に、ピアノを弾くんだろう。
仕事の合間でも、非番の日でも、聴きに行こう。
そうして、もう一回元気な姿がみれたら嬉しい。
美少年だけど、男の子だから。
きっとこれは弟がいたらこんな気持ちになるんだろう。
自分の気持ちに理由がみつかって、すっかり安心して酒に酔った。
