序章8 side havo
現場の仕事は融通がきくから、俺はなるべく頻繁にの元へ行った。
のピアノは、最初指の練習から始まって、いつも弾く曲は決まってる。
俺はそれを黙って聞いて、合間に話しかけて、また現場に帰る。
それが新しい日課になりつつあった。
「ハボック少尉!」
「おう、ぼうず。元気そうだな」
居酒屋に預けられてる少年が、嬉しそうに近寄ってくる。
俺のおかげでの身が安全になったと思って懐いてくる。かわいい奴だ。
「またのピアノ聞きに来たの?」
「はは・・・そうだな。これ、土産。あとで食べな」
「チョコレートクッキー!ありがとう少尉!」
嬉しそうに受け取る少年。
ややあって内緒話をするみたいに、俺の耳元に近づいた。
「どうした?」
「少尉は知ってる?、誰か探してるんだって」
「誰かを探してる?・・・・が?」
「うん。毎朝、街中を歩いてる。どうしてって聞いたら、人を探してるって・・・」
「そうなんだ・・・」
そんな話は初耳で、俺は不思議に思った。
初めて会ったときも、街中の辺鄙な場所にいた。
あの時も、誰かを探していたんだろうか?
「もう悪い人につかまったり、しないよね?」
少年の不安そうな顔を見下ろす。
自分の姉のように慕っていると言っていた。
姉の写真を見ると似ていないが、柔らかい雰囲気は同じだと思った。
きっと印象が似ていたんだろう。
は男だとしても、確かに女みたいに綺麗な顔をしているから。
「気をつけてやれよ。最近変なのが多いから・・・顔が綺麗だと危ないな」
「を綺麗と思うのは変な人なの?」
「男は普通、女に惚れるもんだからな」
「・・・・うん?そうだけど」
少年が変な顔で俺を見つめる。
なんだか釈然としないような表情で、でも何もいわなかった。
それより大事なことがあると、顔を曇らせる。
「・・・、誰を探しているのかなぁ。好きな人、かな」
「誰かに惚れてるとか言ってたのか?」
「に、恋人は?って聞いたら、いないって。でも好きな人は?って聞いたら・・・
顔を赤らめて、ちょっと可愛かったんだ。嫉妬しちゃったよ」
俺はいきなりハンマーで殴られたみたいにショックを受けた。
「誰が好きだって?」
「知らないよ!聞いても言わないんだもん。まさか、少尉じゃないよね?」
「だから、俺は男だから違うって」
かみ合わない会話に、お互い頓着しないという不思議な状態。
俺も少年も、が好きな人がいることがショックで、そのことに気付かない。
そっか・・・・そうなんだ。
ピアノを弾くの後姿を見つめた。
細くて華奢なライン。女なら良かったのにな・・・
俺はゆっくりに近づいて、その傍らに立った。
気が済んだらしいが、俺を認めて微笑みかける。
何度も通ううちに、だんだん表情が多彩になってきた。
けっこう心を許してくれているんじゃないかとうぬぼれる。
「・・・、好きな奴がいるってホント?」
その言葉にきょとんとして、そのあと幸せそうに顔を赤らめたは可愛くて。
今まで見たことないくらいニコニコしている。恋する女の子みたいに。
「そっか・・・・誰?俺の知ってる人?」
たぶん知らないだろうな、と思って言ってみると、意外にもは真剣な表情。
ひょっとして・・・・
「相手は軍人・・・?」
の顔がぱっと輝いた。何度もうんうんと頷く。
そのままどこからか紙を取り出して、のっぺらぼうの似顔絵を描く。
ようするに、髪形しか特徴がないんだろうか・・・
大佐くらいの短い黒髪・・・活発な女軍人なんだろうか。
「顔は?綺麗?」
が頷く。
の似顔絵は拙い。特徴を捉えているとしたら、髪型くらいなものだろう。
顔の輪郭で特徴が判断できない。顔はきっと、もっと描けないに違いない。
「・・・・・うーん、知らないなあ。見覚えくらいありそうなもんだけど」
ただでさえ女軍人は数が少ないのに、活発な感じの髪型・・・
中央のロス少尉は、たしかそんな感じだったような・・・。
「でも、この東方司令部にいるんだろ?」
がしっかりと頷く。
「見つけたら知らせてやるよ。うまくいくといいな」
の顔が嬉しそうに輝いた。
女だったら・・・・絶対ほっとかないのにな。惜しい。
「階級とかは分かる?」
一瞬不思議そうな表情で、ふと考えが及んだような顔をしてが首を振る。
そんなふうに、会話の途中で言葉を悩むような仕草がたまにある。
「階級知らないのか・・・難しいなあ。でもま、探してみるか。
が街中を良く歩いてるのは、この人を探してるからなのか?」
頷く姿をみて、少年の話の裏づけをとる。
が口ごもるように、小さい声で言った。
「ハボック少尉・・・・・・ありがとう」
ほら。こうやってたまに声を聞ける。
そのたびに俺はに気持ちが傾く。幸せな気持ち。
いいかげん、自覚した。
俺はが男でも何でも好きなんだ。
自分が変態だなんて知らなかったけど・・・・。これは少なからずショックな話だ。
俺は人知れず落ち込んで、それでも目の前のに笑いかける。
「じゃあ俺は仕事に戻るから。あんまり周りに心配かけるなよ」
それからもは、街中をよく歩き回っていた。
巡回中や現場へ向かう途中、その姿を見かけた。
あんなに必死に探すほど、すきなのか・・・・
落ち込んだ気持ちも、誰にも理由を打ち明けられずに
俺はじっと我慢した。の幸せを想って。
「ハボック、今日は早上がりか?」
「昨日夜通し仕事だったんだよ、現場が収まらなくて」
まだ日の高いうちにオフィスを抜ける。
外はなんだか雨がふりそうな天気。
石畳の街路を、まっすぐ自宅に向かう。
予想通り、途中で雨が降ってきた。
最初小降りだったものの、すぐに土砂降りに変わる。
「ついてないなぁ・・・」
帰ったら、すぐシャワーだな。
そう思って小走りになる。角を曲がったところで、何かにぶつかった。
「っと、ごめ・・・・・・・!?」
「あ・・・・・少尉・・・」
ぶつかってきた人間を見て、俺は驚いた。
顔よりも大きめな黒縁眼鏡をかけたキャスケット帽子の少年が、腕の中にいた。
「どうしたこんなとこで・・・ずぶ濡れじゃんか。俺の部屋に寄ってけよ。
着替えとタオルと傘、貸してやるから。このままじゃ冷えて風邪引くぞ」
すでに寒さで震えてる身体を支えて、促す。
しかし、意外なことに、はそれを拒む。
「どうした?別にとって食ったりしないから」
あきれて言う。
は首を振って、何かを伝えようとする。
「帰ったら時間かかるだろ。おばさんには連絡してやるから」
そう言ってるのに首を振って、がまた小走りに駆け出そうとしたとき
「危ない!!」
雨に濡れた石畳。階段でおもいきりが転んだ。
支えようとしたが、離れた身体には一歩届かなかった。
驚いて駆け寄る。
「・・・・・っ!」
「足、捻挫したか・・・」
みるみる腫れていく足首を見つめた。
相当ひどいひねり方をしたようだ。もしかしたら折れたかもしれない。
「仕方ないな。諦めな、あとで送ってやるから」
ひょいとを抱えあげて、すぐ近くの俺の部屋に運ぶ。
はなおもそれを拒むように、俺の腕の中で落ち着かない。
「往生際が悪いな・・・なんでそんなに嫌なんだ?」
理由が分からないまま、部屋に入れる。
椅子に腰掛けさせて、タオルを渡す。
足を出して怪我の様子をみようと手を伸ばす。
は痛そうに顔をゆがめて、小さくうめいた。
細くて頼りない足を見て、それを色っぽいと思う俺は本気でヤバイ。
靴下を脱がせてしまうと真っ白な足が膝まであらわで、
女だったら良かったのにな、と本気で思った。
男にしては薄い・・・全然すね毛ないじゃん。子供だからか?
どうせ全部脱がしたら股間には同じモンがあるんだろ。
そしたらきっと、抱く気にもならない。
そこまで思いついて、俺は気付いた。
って言うか、もっと早く気付けばよかった!!そうだよ、やっぱ俺は女がいいんだ!
「、濡れた服着替えろよ。今シップ用意してやるから」
俺の服はぶかぶかだろうけど、そのままじゃ風邪を引く。
タオルの替えと一緒に着替えを渡してやると、戸惑ったように身を固くした。
その様子を怪訝に思ったものの、救急箱を取りに部屋を出る。
軍隊で必要に迫られて習ったから、一応の救急処置ができるようになった。
氷と水を詰めた氷嚢と、救急箱を持って戻る。
「なんだ、まだ着替えてないんじゃないか」
俺がおいたタオルも服もそのままで、は固まっていた。
なんだか困った顔をしている。
「ほら、着替えろよ。風邪引くぞ本当に」
「や・・・・」
「嫌じゃないって!コドモみたいなだだこねるなよ」
小さな抵抗の言葉を無視して、の服に手をかける。
が手で逆らったけど、動くと足が痛むのか、小さく悲鳴を上げてその動きは鈍い。
「風邪引くだろ。すぐ済むから・・・・」
シャツをはだけて、下着を引っ張って、俺は衝撃で手を止めた。
