序章9 side havo








おかしいとは思っていた。

時折聞く声は細くて小さくて、鈴のように甘い声。
さっき見た足も、男の足であんなのは見たことない。

どおりで居酒屋のおかみさんや坊主と、たまに話が噛み合わなくなるわけだ。
俺は思い込みが激しかったらしい・・・・男装の麗人?服装は少年のものだけど。



無理やり服を脱がせて、シャツを引っ張った。
厚手のシャツを重ね着していた、その奥の下着を見て、驚いて手を止めた。


女物の下着。その向こうにある柔らかな曲線とふくらみ。



「悪い!俺、気付かなくて・・・隣の部屋にいるから、済んだら声かけろよ!」


氷嚢も救急箱もテーブルに置きっぱなしにして、あわてて隣の部屋に駆け込んだ。
扉を閉めて、早鐘を打つような心臓の音を自覚する。
一気に顔に熱が昇る。落ち着け、と自分に言い聞かせる。



でも、これってようするに俺は正常だったってことだろ?
もう弟みたいに可愛がるとか、そんなふうに自分をごまかさなくてもいいわけだ。
プラス思考で考えよう。ものは言いようだ!きっとそうだ!


一人で気合を入れてたら、扉の向こうから遠慮がちなの声。



「少尉・・・・」

勢い良く扉を開ける。
目の前のが可愛くてくらくらした。

俺のシャツは大きくてだぼだぼしていて、華奢な身体を際立たせる。
眼鏡をかけない顔は綺麗で、濡れた髪も色っぽい。
正視するとまた顔の温度が上がりそうだ。



「・・・・・少尉、ごめんなさい・・・・私・・・」
「お、俺のほうこそ、どおりでおかみさんや坊主と話がすれ違ったりするわけだよな。
 思い込み激しくて・・・さっき、ごめんな。驚いただろ。困ってたもんな」


早口でまくしたてる。
いけないこんなんじゃ!落ち着け、俺!


「・・・・送ってくよ、居酒屋まで。足、大丈夫か?」



がうんと頷く。
でも靴も履けないほど膨れ上がった足首は相当痛そうだ。
床に足をつけるのもつらいはず。


できれば背負うか抱くかしたいところだ。
だけど、背負ったらきっと俺の背中に胸が当たるに違いない。



俺は黙ってを抱き上げた。
彼女が驚いたように目を見開いて、でもおとなしく腕の中に納まっている。
腕の中から見上げてくる大きな瞳にどきまぎして、顔を赤くして目をそらした。


「だから・・・そうやってみつめないの!」



の目の魅力は強い。視線に力がある。魔法でも使ってるみたいに。

俺の言葉に、視線をあわててそらしたは、
それでもたまに思い出したようにちらちらと俺を見上げては目をそらす。
それを意識して、俺は顔をあかくしたまま無視した。



傘を肩に引っ掛けて、腕にを抱いて、雨の中を歩く。
土砂降りは少し落ち着いてきたが、相変わらずしとしとと降り続ける雨の中。
居酒屋の明かりがみえてきた。



「少尉・・・怒ってる?」

が小さく言った。
驚いてを見る。


「どうして?」
「・・・・さっきから顔を赤くして、ずっと黙ってる」
「それは違うよ・・・・怒ってない。顔は別の理由だから」
「・・・・言わなくてごめんなさい」



こんなに話すは珍しくて、俺は嬉しかった。
居酒屋について、の着ていたものを渡して、帰ろうとすると引き止められる。



「少尉には本当にいつもお世話になって・・・夕飯くらい食べてってよ」
「ありがとうおかみさん。でも俺、今日は金持ってきてないから」
「何いってんのさ、金なんか取らないから!お礼だよ」



お言葉に甘えて夕飯を頂くことにした。
最近俺は、この居酒屋で待遇がいい。


「ほら、これも食べてって。本当にいつも、いいタイミングで助けられるねぇ少尉には」
「はあ・・・ま、そうかもなぁ・・・」
「あの子、本当に世間知らずなお嬢様みたいだから・・・」
「なあ、おかみさん。ってどこの子なんだ?なんで家に帰らない?」


前から不思議に思っていた。
女衒に売られそうになっていた。それを助けたとは知っていた。
どうしてそういうことになったのか、俺はまるで知らない。



まだ夕方の開店には早く、店はしまっていたからも同じフロアの一角に座っている。

俺とが少し離れた席にいるのと、雨の音と、
のそばにいる坊主とが話している状況に甘えて、
俺は小声でおかみさんに話をふった。



「それが・・・分からないんだよ。あの子自身、何か探してるふしがあるし」
「でもお嬢様って、何を根拠に?」
「そりゃ、立ち居振る舞いとかピアノが弾けるってこととか、話し方だよ」
「話し方?」


おかみさんが頷く。

「あの子、口が利けないみたいで、あんまり話さないけどさ・・・
 話すときは、それは綺麗な文法で話すんだよ。教科書読んでるみたいなね」
「なんだそれ。逆にちょっと不自然じゃないか?」
「あと何も家事をしてない綺麗な手をしてたからね。手伝いでもいたんじゃないか?」


それでもここの居酒屋の仕事を厭うことなく積極的に動くから
育ちはいいけど、没落したいいとこのお嬢さんかもって思ってるんだよ。
いくあてもない。家にも帰れない・・・・


そうおかみさんは推測していて、俺はそれを信じた。


「な、そしたらおかみさんたちがの後見になるのかな?」
「うーん・・・まあ、そうだろうねえ。縁だしね」
「そっか・・・」


何かを思案するような顔をする俺に
おかみさんは鋭く視線を向ける。まるで見透かすみたいに。


「少尉・・・もしかして、あんた」
「うん。のこと、いいなって思ってるんだけど」
「・・・・・そうだろうと思った。けど今までを弟扱いしてたのに、なんで急に」



苦笑して、俺は勘違いを伝えた。
おかみさんは目を丸くして、俺を見た。



「そりゃ、あの子の気持ちしだいだけど・・・私はね、少尉のことが気に入ってるよ。
 だから意地悪だって思わないで欲しいんだけど、あの子はねえ・・・難しいかもね。
なんだか、忘れられない人でもいるみたいなんだよ。いつも街中を探し回ってる」
「うん・・・知ってる。おかみさん、相手に心当たりはないのか?」
「どうやら軍人らしいんだよね。制服に反応することが多いから・・・」



それは俺も聞いた。
そして黒い髪の毛・・・・・軍隊に黒髪の男なんて、どこの階級だって必ず一人はいる。
現に大佐だって短い黒い髪をしているじゃないか。フェリー曹長だってそうだ。

だいたい軍に属する男女の比率が全然違う。圧倒的に男が多い。
階級も不明の、特徴が黒髪だけの男を特定するのは困難だ。見つかるわけがない。



「見つからないんだろ?」
「そのようだね」
「俺が、アプローチしても構わない?」
「言ったろ。私は少尉が気に入ってるって。好きにすればいいよ・・・・無理強いはダメだよ。
 あと、万一ものにしたからには最後まで責任もつこと。約束しなさい」
「分かってるよ。俺は、今の側にいない見ず知らずの男に遠慮なんかしないけど。
・・・・・・・・好きな女の気持ちは尊重するさ。約束する」



おかみさんが納得したように頷いた。
よし!っと気合をいれて、を見る。


閉められた店内の一角で、坊主がの足を治療している。
着替えは相変わらず俺のもので、眼鏡をはずした素顔とぬれた髪も今までと同じ。
ただ俺の見方が変わっただけだ。男と思ってた人間を、女として意識した。



が軽くくしゃみをした。
その姿に苦笑する。噂を感じて出たのか寒さのせいか。


「風邪引くなよ」



声をかけると、こっちを向いて微笑む。
もうそろそろ夕方だから店を開けるとおかみさんに言われて、坊主と二人で奥に引っ込む。



ここからがスタートライン。

見ず知らずの男が、にとってどんな存在かしらないけれど、
そこらのつまらない男なら相手が誰でも、絶対にその存在を超えてやる。