side heroine・・・5
ロイの消えた扉をみつめて、私はしばらく呆然とそこに立ち尽くしていた。
別れる、という結末。まさか自分から言う日が来るとは思わなかった。
あの時。ロイの腕で天井を見上げたとき。
ずっとずっと考えて出した答えが、自分の意識の外からふいに現れたみたいだった。
ロイを捨てて、ロイを愛していくことを選んだ。
あのとき、それが自分の一番望むことなんだと悟った。
ロイの腕の中から見上げた天井。
それは今朝、違う感情の中で見上げていたもの。
別れたくないという恋愛感情よりもずっと深いところで、決めた答え。
ぼんやりと、扉をみつめていた。
ロイは雨の中、まっすぐに帰っていったんだろうか?
それとも、ほかの誰かのところへ行ったのかもしれない。
でも、なんとなく女の人のところは行ってないような気がした。
ロイは女の人に対しては、噂よりずっと真面目なところがあった。
ゆっくり過去をふりかえる。
私とつきあってほしいと言った大佐に、『了解しました』と告げた。
大佐は、それをおかしいことみたいに笑った・・・・・
それなのに、私とつきあいはじめても、大佐は手を出してこなかった。
なるべく一緒の時間を作って、私と共に過ごすだけ。
このヒトは、どういうつもりで私を選んだんだろう?
一緒にいながら彼の考えがまるでわからなかった。
でも、私の目を見て話す彼の優しい顔が、好きだと思った。
そんなときに、同僚の妊娠がわかって、
水も飲めないほどのつわりが入院を余儀なくされた。
見舞いに行くと毎回のように聞かれる言葉。
「ごめんね。ねえ、少佐は相変わらず?」
その少佐にまさか口説かれたともいえなくて、私は無言で頷いた。
正直、辛かった。
そんなある日。
仕事中に、ものすごい形相の少佐がオフィスにどかどかと入ってきた。
「マスタングに何か言っただろう」
――――――――は!?
不機嫌そうに切り出す少佐に、思い当たることがなくて首を傾げる。
「何を、でしょうか?恐れ入りますが、曲がりなりにも上官を呼び捨てなんて・・・」
「しらばっくれるな!ヴィクトリアの妊娠のことを言われたぞ!!」
激高した少佐は、ダンっと勢い良くデスクを叩いた。
驚いて私は身をすくませる。
「本当に、私は何も」
言ってない、という言葉をさえぎって少佐が続ける。
「・・・・くそう、あの青二才め。私より年下の癖に!説教などしやがった!!」
「一体、何を?そのようにご立腹になるほど・・・」
少佐は、鼻息を荒くして私をにらみつける。
あんな女の子供など、本当に俺の子供かどうか怪しいものだ、と暴言を吐いた。
その台詞に対して、ロイはいつもの不敵な笑顔でこう言ったのだ。
『身に覚えがないわけでもないだろうに、卑怯極まりない逃げの言い訳など見苦しい。
軍法会議ものなのに相手は収めてくれたのだから、金くらいやったらどうだ』
同僚は、ロイのおかげで少佐から養育費を分捕ることに成功した。
『愛人みたいな関係で、ずっと縁が切れないのは嫌って思ったから、断ろうか悩んだけど。
大佐が、お金はいくらあっても困らない、慰謝料取って縁を切ってしまえばいいって。
相当な額を少佐に言ってくれたの・・・・』
見舞いに訪れたとき、同僚のヴィクトリアが打ち明けてくれた。
慰謝料を断ろうとしたヴィクは結局、ロイが説得して心変わりをしたのだ。
お金を受け取ることで、今後の養育や子供に関するかかわりが生じることも不安だった。
そんな彼女に、ロイは一生縁を切るよう将軍経由で少佐に書かせた念書を渡した。
軍隊は上官の言うことが最優先。それは基本的に私も公もなく、何もかもにおいて。
念書を渡されたヴィクは、とてもとても驚いていたけど。
結果的に、心配事のひとつ減った彼女の心に余裕がうまれた。
二人きりになったとき、ロイにその話をした。
「ヴィクがロイに感謝してるわ。でも、本当にどうしてヴィクの事がわかったの?」
少佐の子供を孕んだことは、周囲には漏れないように気をつけていた。
それは保身のため少佐が私に厳命したことだったけど、命令がなくても私はそうしてた。
ヴィクの名誉に傷がつくのは嫌だった。
だから、大佐にまでヴィクの話が届くわけがない。
「君を見てたからだよ」
「え?」
「君を見ていれば、君の親友がどんな状態かわかるだろう。それだけのことだ」
なんてことないようにロイがつぶやいた。
そのさりげなさを頼もしく感じて、この人に触れたいと思った。初めて。
だけど、ロイは少し不安そうに私の瞳を見つめて言った。
「君が私のことを、彼のような上官だとは思って欲しくないんだが」
「・・・・・・思いません。ロイは、少佐とは違うわ」
セクハラにパワハラで、どうしようもない少佐。
ロイのほうが年下なのに、少佐よりよほど遊び慣れてる様子なのに。
私の答えに、ロイが微笑む。
私を見て微笑む顔が好き。
何気ない言葉をつむぐ声も、仕草も、いつの間にか私の日常に入り込んで
その存在が日々大きくなるのを実感していた。
ロイは、まるで私の気持ちを知ってて、その変化を待ってたみたいだった・・・・
懐かしくさえ思えることが不思議だった。
思い出したら辛くなると思っていたのに。
ロイと別れたかった。
理由は・・・・きっと、一生言わない。
頭の中に浮かぶのは、子供みたいに純粋な強い心で、目指す場所へ進んでいくロイの姿。
まっすぐ、ただひたすらに、一生懸命・・・
それは、何より応援したいと願った私の、大好きなロイの姿だった。
