side heroine・・・8
胃の痛みと微熱にだるさが加わって、限界だった。
引継ぎがすんで、必要な仕事はあらかた終えたのが信じられないくらい。
忙しさにかまけていると体の不調を忘れる。
仕事をしながら無理をしたかもしれない。
ここ何日か、帰りは遅いし眠れない日が続いた。
仕事が気になる。引継ぎと新しい環境への緊張。
今日は久しぶりに残業を早めに切り上げて、帰宅した。
夕飯は、もう食べる気になれなかった。
お風呂に入って寝てしまおう。
そう思ってバスルームに入ろうとしたとき、電話が鳴った。
「もしもし?」
『?私』
「ヴィク?どうしたの?何かあったの?」
『実は・・・・私、今大佐の家に住んでるの』
電話口には、妊娠中の友人。少佐の子供を身ごもった元同僚。
彼女の言ってる意味がわからなくて、受話器を握ったまま止まってしまった。
『あのね・・・私の父親が、私の部屋に押しかけてきて・・・逃げ出したの。それで』
「押しかけて?和解のためではないの?」
『父は慰謝料取ったことも気に入らないもの。産まれた子がどんな目にあうか・・・』
ヴィクの妊娠が発覚してすぐ、相手が誰か言わないならと、父親は堕胎を強要した。
そこから逃れるまでヴィクはよほど怖い思いをしたらしく、父親を恐れていた。
「それで?大佐のところへ?」
『最初はを頼ろうとしたの・・・。でも、いつかけても繋がらなくて』
「ごめんね。司令部から抜けられなくて・・・そっちに電話をくれればよかった」
『司令部に電話したの。を頼んだら、大佐が電話に出てきて』
「え・・・・・?聞いてないわ」
不審に思ったのが声に出たのだろう。
ヴィクが理由を説明してくれた。
『が具合悪くて倒れたって聞いて・・・私、頼れなくなってしまったと思って・・・』
「それは、今日の話ね?大丈夫、たいしたことないのよ」
『でも、大佐が、それならここへくればいいって、匿ってくれたの』
「今、大佐もそこにいるの?」
親友と大佐が一緒に住むというのは、なんだか心が落ち着かない。
それは過去に秘密にした関係が知られてしまう不安だけじゃなく。
でも、ヴィクははっきりと否定した。
『この部屋を自由に使っていい、たまに荷物を取りにくるからって。出てってしまったわ』
「どこへ・・・?誰か、女の人の部屋かしら?」
『それはないわ。大佐はモテるけど、簡単に深い関係にはならない人よ』
ヴィクの言葉に驚いた。
どうして、そんなことを知ってるの?
疑問は言葉にできなかったけど、ヴィクは私には何も隠し事をしない。
『怒らないでね。私、酒場で働こうとしたことあるの・・・今後の生活のために』
「え・・・?」
『そこで、話を聞いたのよ。酒場の姐さんたちに、直接』
「ちょっとまって。それ、いつの話なの?」
『少佐から慰謝料をもらう前』
絶句した。
ロイは知ってたんだろうか?
『大佐はモテるから、いろんな姐さんが側に付きたがるんですって・・・』
ヴィクが、そのとき酒場で聞いた話だ。
『どれだけ軍の高官や財界著名人が来ても、姐さんはみんな大佐にお熱なの。
話も面白いし、茶目っ気もあるし、なんとなく母性本能くすぐるトコもあって』
『だけど、どれだけ遊びに来ても、彼に特定の人ができることはなかったみたい。
自分は軍人で金もないし、一線を越えたら大変なことになるって言ってたらしいわ』
『モテるのは本当でも、女遊びが激しいなんて噂はあてにならない。
ほとんどは仕事で将軍につきあうか、一人で来ても遊び方はスマートだって言うもの』
ヴィクの声が受話器から届く。
今まで聞いたどの噂話とも違う。
ひとつひとつが、なんだか新しいロイの姿・・・。
なのにその姿は、私の知っているロイと、とても良く一致する。
将軍すら客にしてる玄人筋の女性からしてみれば、大佐は中程度の地位。
ロイは彼女達にとって、お金が理由でなく、本当に好きな客ということ。
「そう・・・。今、大丈夫なの?何か必要なものがあったら、届けるわ」
『大佐にも言われたけど、今は大丈夫。とても落ち着いてるから。良かった話せて。
どうしようか迷ったけど・・・には居所を知らせたくて』
「明日、寄れたら寄るわ。大佐に頼んでみる」
そう言って電話を切った。
部屋を出て行った大佐・・・今日は、一体どこで寝るつもりなんだろう?
もしかしたら・・・・。
その勘が当たっている確率は、決して高くはなかったけど
なぜか、すごく確信があった。
大佐は、きっと司令部に居る。
シャワーを浴びただけで急いで着替えて、司令部をのぞいた。
執務室、オフィス、シャワー室、食堂・・・あとは、仮眠室。
仮眠室のベットに仰向けになって、ロイが本を読んでいた。
本から顔を上げて、私に気付いて驚いた顔をする。
前髪がさらりと流れた。黒い瞳が瞬く。
「どうした・・・・調子が悪かったんだろう?早く休まなきゃ駄目じゃないか」
「ヴィクから電話があったの・・・どうして教えてくれなかったの?」
「君の調子が悪いから、彼女が遠慮したんだよ」
「そう・・・ありがとう。ヴィクのこと」
ロイがベットから身体を起こす。
軍隊のジープとかベットとか言うものは、機能性なんか何も考えてない。
耐久性は抜群で、爆弾が落ちても大丈夫なくらい、堅い。
寝心地がいいわけない。
こんな場所で文句も言わず、ロイは何日泊り込むつもりだったの?
「・・・・おなか空いてない?」
「そういえば、夜食を食いっぱぐれたな。仕事に追われてた」
「サンドイッチ、作ってきたの。ポットにはスープもあるから」
「それはありがたい」
ロイがスープのカップを片手に、サンドイッチをほおばる。
何の本を読んでいたのかと、傍らに置かれた本を見てみると・・・
「こら」
「いいじゃない・・・知らなかったわ。こういう本がすきなの?」
「将軍が勧めてきたからね。なかなか面白いよ」
北の隣国ドラクマの言語で書かれた卑猥な本・・・
言語の勉強ができて一石二鳥?
真面目なのか不真面目なのかわからない。
こういうところがあるから、一緒にいて笑ってしまう。
「わざわざ作ってきてくれてありがたいが、君は夕飯は?」
「・・・・・・・・適当に」
そういえば、スープの味見以外、何もおなかに入れてない。
それを思い出して、自分で驚いた。
「ここ数日で、君は痩せたね」
「そうかしら?胃の調子が良くなくて・・・」
「大丈夫か?」
「大丈夫よ。自己管理も仕事のうちだわ」
ロイが食べ終わったのを見計らって立ち上がる。
出て行こうとするのを、ふと思いついて振り向く。
「明日、ヴィクを私の家に呼ぶわ。そしたらロイは家に帰れる」
「それはやめたほうがいい」
ロイの言葉に、私は目を見開いた。
思ってもいない返答だった。
「・・・彼女の父親が、君の家を疑っている。どうやら、君の留守中に押しかけたらしい」
「え!?」
「大家から司令部に連絡がきてね。君は具合が悪そうだし、私が対処したが」
「ごめんなさい・・・知らなくて」
「言わなかったんだ。・・・・そういうわけだから、ヴィクは私の家のほうがいい」
ロイは別れても相変わらず私を守ってくれる。
何の見返りもなしに・・・
「ねえ。そしたら、この最悪なベットで何日も寝ることになるの?他にあては?」
「なくもないが・・・面倒だからね、いろいろと」
「いくらでも泊めてくれる部下や女の人が居るでしょうに」
「・・・・・・そういう気分じゃないんだ。いくらでも、の中に君が含まれてるなら別だが」
ヴィクの出産まで、あと一ヶ月。
それまで、大佐をこんな場所においておけない。
「困ったわ。・・・・私の部屋は狭いから、居心地はここと大差ないかも」
ロイが驚いたように私を凝視している。
「いいのか?」
「こんな場所に置いておけない。親友のことも、私のことも、守ってくれた人なのに」
「別れた男と同棲するなんて聞いたことないぞ」
「同棲って言わないで。同居、じゃ駄目?」
ロイが私の表情をみつめて、ふっと微笑んだ。
「承知した。いいよ、それで」
こうして私は別れたばかりの恋人と、同居することになった。
