side roiy・・・8




「お見合い・・・したんですか」


いつもの淡々とした中尉の口調も、わずかに抑揚をみせる。
冷静沈着な副官にも意外な事実だったに違いない。



「そうだ」


苦虫を噛み潰したようなしかめ面の私に、中尉は軽く目を開いた。



「で、そのお家から連絡が?・・・もう一度、お会いになるんですか」
「・・・・どうしたものかと悩んでるところだ」



さる高貴な血筋の将軍の娘を以前打診されたことがある。
その時いちど、面倒になる前に断った。

高貴な人間は、血筋を重んじる。
どんなにリベラルに見えても、由緒正しいとはそういうもの。

それでも話が壊れれば、後々将軍と関係が悪くなる可能性がある。
そして誰からもフォローは望めない。



なのにお見合いを受けたのは・・・
受けたというより、断ったのに謀られたのだ。




お見合いの顛末を思い出す。



「せっかくお話を頂いたのに、将軍には申し訳なく思っております」
「まあ、その話は忘れて。お茶でも付き合ってくれたまえ」



偶然のように官舎で会った将軍に、意外にも親しく声をかけられた。

見合いの話を断って、なんとなく将軍に恥をかかせたような負い目があった。
それで言葉だけの謝罪を口にしたら、お茶に誘われた。



「喜んで」


断る理由もなかった。



雨が降る、とに言われて、一応傘を持ったものの、移動は車。

将軍に連れられてきたのは、品のいいホテル。
そこは官舎からも近くグレードも高い。


お茶といえば、いきなりこのくらいのランクが当たり前とは・・・
さすが由緒正しいお血筋は違う、などと呑気に感心した。

将軍の狙いには、まったく気付かずに。



勧められるままにラウンジへ進む。
さんさんと光の射し込むテラスに座ってお茶を飲んでいた娘が目に入る。




・・・なかなかの美人だ。





その美人に、将軍が声をかける。


「おお、お前もきていたのかね」
「・・・・お父様?」





――――――――――やられた!!!




気付いたときには手遅れだった。




話し終わると、間をおいて中尉が口を開いた。


「美人でよかったですね」
「美人でも不美人でもバカでも賢くても関係ない。
 重要なのは、私は将軍の娘と結婚したくない、ということだ」



相変わらずクールな中尉に熱弁する。


「へえ、何でですか」

タバコの煙をくゆらせながら、ハボック少尉が尋ねてきた。
コイツ!・・・とのことを知ってて、わざと言ってるのか?



「決まってるだろう・・・世の中の女性から一人を選ぶのは、まだ早いと思っているんだ」



腹立ち紛れに答えると、部下が全員私を生温い目でみつめる。


「つまり、自分はモテモテだから一人に縛られたくはない、と・・・」
「位の高い将軍の娘じゃ、浮気なんかしようものなら出世が危うくなりますもんね」



ファルマン准尉にフェリー曹長まで・・・上司に対していい度胸だな、こいつら。




反論しようと口を開いたところで電話が鳴った。
受けた中尉が、受話器を差し出す。


相手は、受付からだった。








「まさか・・・こんなところにいらっしゃるとは・・・」



目の前には将軍の娘。
形の良い笑顔のまま、瞳が見上げてくる。



「不躾に、突然尋ねて申し訳ありません。
父の言付けで参りました・・・これをマスタング大佐様に届けて欲しいと」
「確かに、預かりました・・・」



手渡された袋を開いて中身を確認すると、紅茶の缶とクッキーが入っている。
確か見合いの席で将軍が話題にだしたものだ。



くだらない・・・そんなことをネタにして、わざわざ娘を寄越すのか。



正直あきれたが、娘に向かってはニッコリ笑ってみせる。
娘は分かっているのかいないのか、一ミリも表情を崩さない。


相変わらず彼女も能面のような笑顔のまま。
きっと自分も同じような顔をしてる。




「では、わたくしはこれで失礼します。
 お仕事の最中に、お手を煩わせて失礼しました」
「いえ、とんでもない。将軍のお嬢様自らお越しくださって恐縮です・・・・送りましょうか」




しゃちほこばった物言いばかりで舌を噛みそうだ。
送る云々はいわばお世辞だが、彼女は少し表情を変えて私の顔を覗き見る。



「ありがたいお言葉ですけど、仕事の邪魔をしては申し訳ありませんから。
 ・・・・またの機会に、お誘いくださいませ」



父親の意見を良く聞く、世間知らずで清楚なお嬢様。
そんな人間だと彼女を定義してたが、それは間違いのようだ。


思っていたより、賢くて大人な女性。

将軍に無理強いさせられたのは彼女も同じなんだろう。
でも相手への礼儀から、それを穏便に隠すことを知っている。



これはお断りしても、禍根は残りにくいかもしれない。
なんとなく安心して、私はオフィスへ戻った。





戻る途中、階段を上りながらふと符合するいくつかの記憶のかけら。







お見合いの日、泣きそうに見えた



別れたいと願ったくせに、私を愛していると言った。



私を守ると心に決めて、それ以上をけして望まないと決めて・・・。




――――――――――そして、痩せていく身体。







ふと、階段の踊り場に影がさす。見上げるとハボック少尉がそこにいた。




彼との約束を果たしてない。



苦笑して彼をみつめると、ハボックが複雑な顔で眉を寄せた。



「・・・・約束、どうなってるんスか」
「すまない。・・・・また私を殴りたくなったか?」
「それはいいです。でも、フェリーに取られたって知ってますか?」


苦笑する私の顔を見て、ハボックがため息をつく。



「しっかりしてくださいよ、俺が何のために諦めたと思ってるんですか」
「だんだん事情が見えてきたからね。もうこれ以上は逃がさないよ」



食べられなくなっても、ストレスなんかない、と嘘をつく意地っ張りな
感じていたんじゃないか。何もかも秘密にして、抱え込んで。



「最近、と話してるんですか?」
「ずいぶん心配性だな」
「笑ってないでくださいよ、真剣に聞いてるんですから」



ハボックの言うとおりだった。
とは長く職場以外で会話をしていない。


フェリー曹長とのことを聞いてから、それが原因ではないにしろ、
テロ組織の動きが活発になったりして忙しく、すれ違いの日々が続いていた。
帰宅が深夜に及んだり、帰れなくて司令部に泊り込みになったり。


早く帰れたほうがベットを所有する、とルールを作ってに了解させた。

それまでは私がベットを、がソファを、それぞれ寝場所にしていた。
でもそれでは、私が寝室に行くときにソファに寝ているを起こしてしまう。



明け方に帰宅して、ベットのを扉からこっそり眺めると、それは癒しになった。
安らかで清らかな寝顔。布団に沿って流れる髪。優しい寝息。



でも今日は、が起きてる時間に帰りたい。
ちゃんと話すには、今日をおいてないような気がした。



今度こそ本当に、絶対後悔しないように。






―――――――これ以上すれ違うのは、もうたくさんだ。










お見合いを断るなら、早いほうがいいことは分かっていた。
断り文句も簡単だ。



『貴女には全く非がないが、最初から自分はまだ結婚するつもりがなかった』



将軍の娘も、まさかアレが本当に偶然の出会いだなんて思ってないはずだ。
それなのに・・・・電話を見つめながら、動けないでいる。



できれば向こうに断ってもらいたい。将軍との間に禍根を残したくはない。
断り文句を言うのは、なかなか面倒だ。




――――――――これでは仕事にならない。



思い余って席を立つと、ホークアイ中尉が声をかけてくる。


「大佐、どちらへ?」
「所用で少し出かける」
「大佐、急ぎの書類だけでも上げていただけたんでしょうか」



中尉の言葉に、少し罪悪感がわく。
実は、半分ほどしか手をつけていない。


それでなくても、常に自分の直属の部下には相当負担を強いているのだ。
そして自分も、「きりのいいところ」など存在しない大量の書類に、振り回されている。



頭をかきながら、ため息をつく。



「そうだな・・・急ぎの書類だけでもあげていくか」


急ぎの書類だけで半日はかかりそうだ。
出られるのは午後からか・・・



そう目星をつけたら、目標ができたみたいにやる気になれた。
猛然と書類に向かっていく自分に、部下がぼそりとつぶやく。



「・・・・今日って、雨だったっけ」
「さあな。これから降るんだろ」



ハボックにブレダ。
お前ら今度飲みに行ったら覚えてろ。




冷たい視線を向けたのに二人とも全く悪びれない。
それどころか二人とも、いつもするみたいに私に歯をみせてにっと笑った。