side roy・・・9
仕事に追われているうちに、将軍の娘へのお見合いの返事をしそこなった。
それでも、のことはこれ以上先延ばしにはしたくない。
急いで帰宅すると、珍しくが先に帰ってきていた。
風呂を済ませたばかりの様子で、鏡台の前で身づくろいをしている。
「。話をしたいんだけど、少しいいか」
「ええ。・・・改まって、どうかしたの?」
薄いコットンのワンピースで髪をとかしていたを、テーブルに座らせた。
正面から久々に見るは、以前より確実に細く儚くなっている。
今日も仕事で遅かったはずで、なのにもう寝るしたくをしているということは・・・
「また、食べていないんだろう?」
「だって、もうお夕飯の時間には遅いもの・・・明日の朝、ちゃんと食べるから」
胃を抑えて顔をしかめる。
きっと胃が痛むのに違いない。
「何もお腹に入れないのも胃によくない。スープを作るから、少し飲みなさい」
「ロイ、疲れてるんでしょう?私、自分でやるから、休んで」
「・・・いいから座って」
牛乳とジャガイモで簡単なスープを作る。
レシピはが教えてくれた。時間もかからず、味もいい。
「・・・・ねえ、ロイ」
「どうした?」
「・・・・・そろそろヴィクが出産だから、早く上がれる日は、そっちに行こうかと思ってるの」
「ヴィクのいる・・・私の家に?」
が無言で頷いた。
「ひとつ聞きたいんだが。それは私の見合い相手に遠慮してのことか?」
「そんなこと・・・・。ヴィクが大事なの。ロイも知ってるでしょう?」
じっとの瞳をみつめると、やましい気持ちを隠すようにそらされる。
浮かない顔で目を伏せるの長いまつげが、頬に影を落とす。
「・・・・・・ごめんなさい。ロイの言うことも、少し当たってる」
「いろんな誤解があったようだが、それはみんな解けたのかな?」
「・・・・いろんな、誤解?」
が不思議そうに私を見上げる。
思い当たることを探すような、そんな邪気のない顔に、笑みがこぼれた。
「ハボックの前で泣いたんだろう?他の男の前で泣くなんて嫌だな」
「・・・・・ハボック少尉から、何を?」
「実体のない恋人の話、とか」
「実体のない恋人・・・部下のコードネームのことね?」
察したようにため息をつくに、頷いてみせる。
今までのことを、たくさん整理しなくてはいけない。
「は、私にいずれお見合いが用意されることを知っていた。そうだね?」
少しためらって、が頷く。
「コードネームの恋人を複数聞いて、見合いの話を聞いて。ついでに酒場での噂もかな。
それで、恋人としての自分の立場を、不安に感じていた?」
「・・・・・・私が側にいなくても、ロイは寂しくないと思ってた。他にも恋人はいるって・・・」
「どうして私にそれを言わない?」
が静かに目を伏せた。
「仕事の関係って聞いたのを、信じ切れなかった。私が悪いの」
それを責める気持ちにはなれなかった。
言葉では信じられないことも、確かにある。
私がハボックの家から出てきたを見て、誤解を解こうとする彼女を無視したように。
「誰が私の側にいても、私を命をかけて守ろうと決めたのには恐れ入ったよ」
「・・・ロイにとって、お見合いはチャンスのはずよ」
「私は、出世のために将軍の縁戚に組み込まれるつもりはない」
「バカ言わないで!」
が激しい口調で私を怒鳴った。
それこそ本当に今までになかったこと。
「・・・ロイの目指す場所を、私が知らないとでも思ってるの?」
「?」
「あなたはこの国のトップに立つの」
が訴える言葉に、私は目を見開いて彼女を凝視した。
見返すの眼は潤んで、とても真剣で、強い光・・・。
「どんな手を使っても、そこに行くの。でなきゃ私が承知しないから」
たくさん遠回りをした。だからこそわかったこともあった。
近すぎて見えなくなったいろんなことが、離れて冷静になったとき、改めて見えたこと。
それはきっと、彼女も同じ。
「いい忘れていたかもしれないが」
煮込むだけのスープを火にかけたまま、椅子に座りなおす。
正面のの瞳をじっとみつめながら言葉を続けた。
「私が愛してるのは君だ。・・・・・知らなかった?」
の目がしばたく。
「お互いが好きで、同じ屋根の下で暮らす。それは、両思いってことだろう」
「ロイ・・・・・・・お見合い、断るつもり?本気で?そんなの、ダメよ」
「私の決めることだ。君には関係ない」
「だって」
「将軍のことは、君には関係ないんだ。君に関係あることは」
一気に喋って、の言葉をさえぎる。
「私が君を妻にしたいと願ったときに、君が承諾するかどうかということだ。
さっさとフェリーを断ってくれるかどうか。君に関係するのはそれだけだよ」
絶句するに、できたてのスープをよそって目の前においてやる。
湯気をたてる。いい匂い。それをしばらく眺めていたが、静かにひとくち運んだ。
スプーンを口から離して、こくんと飲み込む。
「・・・・・・おいしい」
その言葉を聞いて、が長いこと食事でおいしいと言わなかったことに気が付いた。
ずっとずっと、機械的に食べていた。それ自体、とても異常なことだったのに。
の手に触れて、手のひらをあわせる。
ゆるく握られた細い指が絡む。
「。プロポーズなら私は君に」
はそっと私の手を離した。
それが、彼女の答え。
「私は承知しないから・・・あなたは自分の選択をするべきよ」
「わかった。では、そうしよう」
が私の手を離すことを選んでも、私の選択は変わらない。
どうして、それが分からない?
それでも私を思っての行動だと今は知ってるから。
私は自分の選んだ女性以外と結婚するつもりはない。
たとえを口説き落とすことができなくても。
