side roy・・・3  





「大佐、こちらの書類もお願いします」
「ああ、そこに置いてくれ」

中尉が持ってきた書類に目を通す。
仕事に集中していても、ふと頭をよぎるの姿。



泣いていた・・・あんなふうに泣くのを、初めて見た。



その光景を頭から払うように首を振る。
雑念はそう簡単には消えてくれない。




執務室に閉じこもって仕事に集中する理由は、オフィスに行くとハボックがいるから。
今、あの金髪のヘビースモーカーを見て冷静な顔を出来る自信がない。




こんこん、と扉を叩く音。


「入りたまえ」

中尉かと思って、書類に目を通したまま声をかける。

入ってきたのはハボック少尉・・・・驚いて顔を見る。
いつもの飄々とした姿。何も変わりない。



「大佐、昨日の件について報告にあがりました」
「そうか・・・・昨日、何かあったのか?」


現場の仕事のことかと思い、何気なさを装って話を促す。



「・・・・・・大佐の迷惑になることを、とても気にしていたので内緒にする約束をしました」
「何の話だ?」

脈絡なく言われた言葉の意味が分からず、ハボックの変わらない表情を眺めた。
無表情で・・・なんだか、今朝の自分の顔を見ているみたいだ。



少尉のことです」
「―――――――――!・・・ハボック、それは・・?」


驚いた顔をした私に、少し眉を寄せてハボックが言う。



「俺は昨日、彼女に告白したんです。元カノだし、簡単に恋人に戻れるかと思ってたので。
 実は少し乱暴なこともしました。・・・っと、何にも知らなかったんで、仕方ないでしょ?」

“乱暴なこと”に反応した私の表情を見て取って、ハボックが言い訳をする。



は一生懸命抵抗したけど、所詮女の力ですからね。気付かなかった俺もバカですが。
 は抵抗しきれず我慢の限界にきて・・・・助けを求めて、大佐の名前を呼んだんです」

目を見開く。

泣きながら、誤解だと言っていた彼女の姿を思い出す。
あんなふうに泣かせたのは、初めてだった。


いつもはにかむような笑顔で側にいたのに。



「・・・・・・・そうだったのか・・」
「ひどい状態でしたから、帰せなくなって一晩泊めました。・・・手は出してませんよ。
は、大佐の気持ちを不安に感じて、いろいろと限界超えてたんです」


意外な言葉に顔を上げる。
限界を超えていた?が、私の気持ちを不安に感じていたなんて、初めて知った。


「ずっと、大佐を想って泣いてましたよ・・・振られたこっちが同情するくらい。
 ジョセフィーヌとかエリザベスとか実体のない恋人の存在に悩んでるみたいでした」
「そんなこと一度も聞いたことはない」
「・・・・・そうだと思いました。で、これは俺からの簡単な質問なんですが」


ハボックが神妙な顔をしている。こんな怖いくらい真剣な瞳で、何を聞きたい?


少尉との事は、真剣なんですよね?」
「当たり前だ。誰にも知られないように、それこそ何より大事にしてきた恋人だぞ」


納得したような、寂しそうな表情でハボックが頷いた。


「・・・・それならいいです」
「待て。・・・・こういう話になったから言わせてもらうが、私のほうはよくないんだ」


立ち上がって、ゆっくりとハボックに近づく。
ハボックが不思議そうな顔をして瞬きするのを、不意打ちで殴りつけた。
ガタン、と音がして執務室の机にハボックが飛ばされる。



「・・・・・・・ってぇ、・・・何するんですか大佐!」
の首に痕をつけたのはお前だろう?一晩泊めて、玄関口で彼女を抱きしめた」
「泣いてたんですよ!あんだを想って!あんなにぼろぼろになるまで悩んで尽くして・・・
 殴りたいのはこっちですよ!泣かせるような男に彼女を任せなきゃいけないなんて」



ハボックが腹立たしげに声を荒げた。
すっくと立ち上がるが、さすがに上司に拳を振るうほど簡単な男じゃない。
もう少し理由が必要か・・・?


「・・・・・それはご苦労だったな。今朝、その首の痕が原因で彼女を責めてきたよ。
 は私には絶対逆らわない。私の暴力も甘んじて受けて、泣いていた。君の責任だ」

その言葉にかっとしたハボックがキレて私を殴りつけた。
わざと受けた私は、そのまま絨毯に倒れこむ。




「何を・・・・ハボック少尉!?上官になんてことを!」

一連の騒動に気付いた中尉が、部屋の様子がただ事でないと察したようだ。
部屋に入ってきたときに中尉が見たのは、床に転がる私につかみかかるハボック少尉。



はっとしたように中尉に目を向けた少尉が、悔しそうに歯を食いしばった。
まだ殴り足りないとでもいうように。

それでも我に返った彼は、もう私に殴りかかったりはしない。



「ハボック少尉、軍法会議ものですよ!一体何が・・・大佐、大丈夫ですか?
一体、何があったんですか」


普段ならありえない光景に、さすがの中尉も少し混乱したようだった。
ハボックに殴られて口の端が出血した。それを片手で拭いながら起き上がる。



「・・・・・・・いや、ハボック少尉には罪はない。軍法会議も必要ない。
 殴られる必要があったから、殴ってもらっただけだ。それに、私も彼を殴った」


その言葉に中尉はハボックを、ハボックは私を、驚いたようにじっと見つめた。
中尉は少尉の頬の赤みに気付いて、目を丸くする。


ハボックは信じられないという顔をして、私を眺めていた。



「大佐・・・・・わざと、俺に・・・」
「殴りたかっただろう?私を。我慢するのは身体によくない」
「・・・・じゃあ、俺に殴らせるために、わざと嘘を・・・?」



その言葉に顔を歪める。
嘘じゃないからこそ。だからこそ、誰かに殴られて痛みを感じたかった。
でも、答えない私に、ハボック少尉は勝手に納得した様子で視線をうつむけた。



「こんな嘘をついてまで、俺に・・・・すみません。殴って、軽率でした」


背の高いハボック少尉が、恥じたように顔をうつむけた。
その様子を、何がなんだか分からないという顔をして中尉が見ていた。



「いったい・・・・どういうことなの?」
「大佐も実は部下想いなとこがあったって事ですよ」


ハボック少尉の誤解はあえて解かなかった。

いつも『人使いが荒い』だの『仕事しろ』だの悪態をつく部下の口から出た言葉。
わけが分からないといった表情で中尉が不思議そうな顔をした。




「で、昨日の報告の続きを聞きたいんだがね、ハボック少尉」
「今更・・・話すことなんかないですよ。これで全部です」

拍子抜けしたような顔。話は終わったと思っていたらしい。


「そうか・・・・では、後で本人にじっくり問いただすとしよう」
「何をですか」

少し責めるような強い口調でハボックが言う。
の事が、まだ好きで、諦め切れてないのだ。


悪いことが起きないか心配している。



「もちろん、思ってることをすべて。不安要素などをしっかりと問いただす」
「・・・・・実態のないものを、どう説明するんですか」


中尉が心配して退席しないので、主語を抜いて話す。
それで通じるから問題ないが、中尉がますます怪訝な顔をしている。



「どうにでも。信用を得るために必要なら何でもするさ」
「・・・・・まかせて、いいんですね?」
「私がほかの誰にも任せるはずがないだろう?」



不敵に微笑むと、納得したハボックが諦めたように天井に向かってため息をついた。



家で私の帰りを待っているであろう、我慢強い恋人。
心が不安定なときも、それを片時も見せずに優しく微笑んでいた。
どうしてくれようか?今後のためにも・・・・・



これは、ちゃんと心を開いてもらわなくてはいけない。