side roy・・・4




匂いたつバラの香り。


垣根に満開に咲き誇るそれを見ながら、の部屋へ向かう。
あじさいとバラが咲き乱れ、少し湿った空気の中、路を急いだ。


そういえば、の部屋には珍しい白いあじさいがいけてあった。
薄桃色のぽってりしたバラと、白い清楚なあじさいは色も合って綺麗だろう。



いつも清潔に、簡素に整えられたの部屋。
余計な装飾はなく、シンプルで無地で無機質。
なのに、季節の花がいつもそこにある。

まるで、たまに訪れる私を歓迎するように。
あまりにも自然に、ひっそりと・・・。



それはそのままそのものを体現しているように思えた。




垣根を手入れする女主人と目が合った。
笑顔で会釈する。


「綺麗に咲きましたね」
「ありがとう。・・・良かったら、少しお分けしましょうか」


女主人が棘に気をつけるように言って、数本を簡単に花束にしてくれた。
が喜びそうだ。そう思って、礼を言って受け取った。





「・・・・・お疲れ様。早かったのね」
「ただいま。お土産に、これを」
「綺麗なバラ・・・・どうもありがとう」


出迎えたは白を基調にした着心地の良さそうな服で出迎えてくれた。
泣きはらした目を、なんとか隠そうと前髪を下ろしてる。


「お腹空いてない?食事でも・・・」
「いい匂いがするね。何を用意してくれた?」


朝とはうって変わった穏やかな雰囲気で、食卓に通される。
テーブルには白いあじさいと、食事の用意。


「・・・・ずいぶんはりきったんだな」
「最後だと思って、頑張ってみたの」


さらりと返ってきた言葉に、驚いてを見た。
私を真っ直ぐ見返して、はにっこりと笑った。



「いっぱいあるから、たくさん食べてね」




拍子抜けするくらいいつもどおりな
このまま最後の晩餐でいいとでも言うのだろうか?



「・・・・・今朝の続きだ。君の言い訳を聞かせてもらおうか」
「言い訳なんて、しないわ」
「じゃあ、別れる覚悟ができたとでも?」
「誤解を招く行動をとったのは私の落ち度だもの。たとえ何もなくても・・・
 ロイが怒るのは、当然なの。ごめんなさい」



静かに、はっきりとが言った。
泣くこともせずに、真っ直ぐ私を見つめて、落ち着いた表情で。



の顔が、ふと何かに気付いたように眉を寄せ、私の頬に手を触れる。
彼女の細い手のひらと指が、ひんやりと気持ち良い。



「・・・・・ね、ロイの頬、腫れてる・・・?」
「ああ。ハボックに殴られた」
「え・・・・・・?」
「私もハボックを殴ったから、おあいこだな」
「ええ・・・・・・・・・・!?」



あっけにとられたようなが、ふいに動いた。
椅子に座ったままの私を残して席を立つ。


タオルを取り出すと台所へ行き、氷嚢と一緒に持ってくる。
氷嚢をタオルで包んで、私の頬に当てる。



「大げさだよ。そんなに腫れてはいないはずだ」
「だって・・・・・・・」
「いいから。食事をさせてもらえないか?」
「・・・・・・・・・・」



困ったようには眉を寄せていたが、仕方なしに頷いた。
大分時間がたってる頬の腫れに、今更と思ったのだろう。



渡したバラが早くもあじさいの花瓶に加えられる。
思ったとおり、ほのかにピンク色のバラと、白いあじさいは見事に調和した。



「・・・・・・・・・きれい」



花を愛でてがつぶやいた。
きれいなのは君だ、と言いかけて口をつぐむ。
あんまり口が達者な男を、彼女は好まないのを知っているから。



かわりに後ろから彼女を抱きしめた。
ふわりと香るの匂い。



「・・・・・・・ロイ・・・」



後姿の彼女の声が震えてる。
今、どんな表情をしている?


私を想って不安を抱えているのだろうか。
ハボック少尉から託されたことを、どうにか解決しなければ・・・



。私に隠してることは?」
「え・・・・・?」
「何か、いいたいことがあるんじゃないのか」
「・・・・・・・・・・・・・・いいたい、こと?」



の反応をうかがう。
でも、小刻みに震える細い身体からは、何も声は聞こえない。



「何を不安に思っているのか、話してくれないか」
「私・・・・・・・・」



震える身体をぎゅっと抱きしめる。
の身体が反射的に傾いだ。


回された私の腕に、その細い指が触れる。
うつむくの声がはっきり聞こえた。



「・・・・・・・・何も」
「何もない?」



頷く。唇をかみしめてる。
意地っ張りなのは知っていた。
それとも言葉にできないくらい、その不安は根が深いんだろうか?



「なら、何故私ではない他の誰かの前で泣く?」
「・・・・・・・・ロイ・・」
「許せないな。私にしてあげられることは何もないのか?」
「それなら・・・お願い・・・・・・・・私と、別れて」





驚いて、抱きしめていた腕を解いた。
薄い色のの髪が、さらりと流れる。



「本気で言ってるのか」



私の問いかけに、が頷いた。
簡単に答えを出された感じが否めず、反発を覚える。
でもここで腹をたてたら今朝の二の舞だ。



それなら彼女とひとつになって、気持ちを確かめ合えばいい。
そう思って彼女をベットにいざなうと、素直に従う。



押し倒して口付ける。
死んだ魚のような目をしたが、ぼんやりと仰向いていた。



・・・・?」



その表情に違和感を覚えて、先に進めなくなる。
の頬に触れて、顔をじっとみつめた。



見慣れたはずの顔が、全然知らない女に見える・・・・



・・・・どうして」
「・・・・・・・・私は大丈夫ですから、大佐のお好きに」



抑揚なく単調な声が、の静かな部屋の空気を、少しだけ揺らした。


その言葉の真意を飲み込むまでに、少しだけ時間がかかった。
意図するところに思考が至ったとき、脳天を突き上げるような怒りがわいた。


その瞬時の激情は、あまりにも急で。
急すぎて、一気に天に昇華したようにさえ思えた。


くすぶる苛立ちを胸に、身体を起こす。




上着を手にすると、まっすぐ玄関に向かった。
のろりと起き上がったが、私を追って玄関に来る。
静かな表情は、どんな感情も読み取れない。



「・・・・・・・。私は、部下に身体を強要するような上官ではない」
「・・・・知ってるわ」
「君の、今の行動は私に対する侮辱だ。知ってて、したのか・・・?」
「・・・・・・・・・・」



返答のない彼女をじっとみつめる。
彼女の本心がどこにあるのか、知りたいと思うより先に頭に血が上っていた。



「ここを出たら、別れる。これが最後だ。本当に、それでいいんだな」



厳しく問いかけると、ほんの少しだけ迷うようにの目が潤んだ。
でも、彼女は悲しみよりむしろ安らぐような笑みで、ゆっくり頷いた。



それが、彼女の選んだ答え。



部屋を出て、振り返らずに真っ直ぐに歩いた。
雨が細かく降り出して服をぬらす。
傘を買う気にも、雨宿りをする気にもならない。



世の中が、いきなり暗くなったような空の下。
思考回路はを廻った。