side roy・・・5
あれはどのくらい前になるだろうか?
夜、遅くまで帰れなくて、疲れた気持ちで司令部の廊下を歩いていた。
そのころずっと、帰宅もできないような忙しい日々が続いていた。
腐る暇がないから突き進んでただけで。
その頃の私に心の余裕はなかったように思う。
ふと見ると、扉から明かりの漏れる部屋がある。
こんな時間に?
興味を覚えて、部屋を覗く。
一人だけぽつんと、マグカップ片手に彼女が残っていた。
名前は知っていた。・。
仕事で関わることがあったから、顔と名前は覚えていた。
初対面の印象は『若い美人』『有能な新米少尉』
それ以上でも、以下でもない。
仕事が一段落したのだろうか?
居残っていたが、窓辺の椅子に座って、壁にもたれながら外を見上げていた。
ぼんやりと泳ぐ視線の先が気になって、声をかけた。
「何をしてるんだ?外に何かあるのか」
ふいに声をかけた私に、少し驚いたように視線を向ける美しい顔。
深夜を過ぎて、もう時計は夜中の3時を回っている。
これでは夜勤と変わらない。こんな時間に、彼女は何を見ていたんだろう?
私を認めた彼女が、驚いたその表情を柔らかい笑顔に変える。
「今日晴れたから星が良く見えます。・・・明日も晴れそうですね」
空を眺めてたのか・・・
側に行き、同じように窓から空を見上げる。
「真っ暗で分からないよ。君はよく分かるな」
苦笑しながら言う。
「・・・虹を良く見つける人は、どんな人かご存知ですか?」
唐突に、が聞いた。
虹を良く見つける人なんて、聞いたことがない。
見つけ方のコツでもあるんだろうか?
「さあ?」
「虹が好きな人なんです」
「なるほど・・・・・君は晴れた夜空が好きなのか?」
外が真っ暗にしか見えない。晴れてる夜空とはどんなだろう?
晴れた空に浮かぶ星など、虹と同じくらい見つけにくいような気がする。
部屋の電気を消して闇に目を慣らせば、簡単に見えるだろうか。
私の質問を、は嬉しい言葉を聞いたみたいに笑顔を見せた。
「・・・晴れた夜空も、そんな夜空に続く夜明けも好きです」
「ずいぶんと夜更かしがすきなんだな」
からかうと、はくすくす笑う。
ふと空を見上げて、ふう、と息を吐く。白く曇る。
寒い空は静寂に包まれて白い息をのみこんだ。
「夜明け前が一番暗いんです。だから、もうすぐ夜明け」
つぶやいたの柔らかい声が、心にストンと落ちた。
夜明け前が一番暗い・・・?
もうすぐ輝く夜明けが見れるなら、そんな夜明けを迎えられるなら。
今が一番暗いこの時間さえイヤじゃない。
暗闇に光が差す時間は、すぐそこにある。
仕事に追われて余裕のなかった心すら、救われたような。
そんな不思議な気持ちになった。
今一度、窓に映るものの、はるか先の空を見上げた。
静寂な空気に包まれた遥かな世界。
目がなれて、薄い雲間が見える。
空の高い所で星が瞬く。
彼女の教えてくれた世界が、とても美しいことに気が付いた。
そして、・・・・・・・・・こういう人間を、好きだと思った。
―――――――本格的なアプローチを始めたのは、この時から。
誰もいない湿った道を歩くと、現実が甦ってくる。
彼女と別れた。
今までの彼女なら絶対ありえない行動が、怒りの原因になって。
天に向かってため息をついた。
腹立ちは収まらないが、どうして彼女がそんな言い回しをしたのかわからない。
理由を聞くことは、金輪際ないだろう。
もし聞く機会があったとして、は答えてくれるだろうか?
彼女が大事だった。
本当に、離したくないと心から思っていたのに。
『実態のない恋人の存在に悩んでいるようでした』
ハボックの言葉が頭に響く。
が、そんな悩みを見せたことは一度もない。
私との付き合いに関しての、どんな悩みも見せられたことはない・・・・
私はの何を知っているつもりだったんだろう?
知ってると思っていたの性格は、本当のだったんだろうか?
星空が好きで、晴れた夜空が好きで。
虹を探すのは虹が好きな人だと教えてくれた。
あの頃の純粋で屈託のない笑顔を、そういえばずっと見ていない。
それがいつからなのか、思い出せない自分が信じられなかった。
大切にしていると思っていたのに・・・
死んだようにうつろな瞳を天井に向けていた。
そこまで追い詰めたのは、私だ。
手遅れになってから気付いても、遅い。
別れたことを後悔しても、別れた原因がわからない。
よりを戻したところで同じことを繰り返すだろう。
「まいったな・・・・・・・」
心底、本当に参っていた。
そんなに彼女が好きだったんだと、失ったものの大きさに改めて気付いた。
