1



初雪の余韻も残ってまだ寒い2月。
14日といえば、誰もが知ってる冬のイベント。


中尉と二人、早めに出勤した。
空気がぴんと張って冷たい。冷え性の私には辛い季節。
手袋してるのに、指先がかじかむ。


大尉。それ、全部チョコですか?」


司令部についてリザと別れた途端、いそいそと近寄ってくるのはハボック少尉。
私の手の中にある紙袋を気にしている様子。

にこりと笑って頷く。



「大きな箱ばかりで、太っ腹ですね。食べきれるかなあ、俺」
「うふふ。一箱じゃなくて、一人一個だから大丈夫よ。味わって食べてね」
「・・・・うわ。そんな扱いですか、一人一箱じゃないんだ」
「義理チョコを配る人数がどのくらいいると思ってるの?
リザと私からよ。お返しは、各個人でしてくれていいから♪」


うきうきと箱を広げる私の横を、グラマン将軍が通る。


大尉、これは私の分もあるのかね?」
覗き込む将軍に、別の紙袋を渡す。


「将軍はこちらをどうぞ。いつもお世話になってます」
「ひとりでもらっていいのかね?」
「もちろんです。お納め下さい」


にっこり笑って差し出すと、将軍は嬉しそうに頷いて立ち去る。
側でみていたハボック少尉が恨めしそうな目でみる。


「・・・・そこ。拗ねないの。仕方ないでしょ?」
大尉は、グラマン将軍の副官ですからね。仕方ないですよね・・・ってことは、
あれかな。中尉は大佐にあげるのかなぁ」
「もちろんあげるわよ。一緒に選んだもの」


しらをきって言う。ハボック少尉は、私と大佐の関係を知ってるんだと思う。
でも、意地悪で言っているのなら、おあいにく様。


お互い副官として、直属の上司には個別に渡したほうがいい、と二人で決めた。

リザは大佐の副官で、私は将軍の副官。
だからリザは、大佐の恋人の私に遠慮して、一緒にチョコを選んで欲しいと言ってきた。


「ちぇ。全然動じないで、可愛くないですよ」
「中尉と二人で買ったのは、配る用の義理チョコだけよ」


ハボックを無視して包みを開けて、ひとつをつまむ。


「はい、口開けて」
「はい?」


素直に口を開くハボック少尉。
不意打ちで、少尉の口にチョコを放り込む。

ハボック少尉が驚いたように目をしばたいた。



「ハッピーバレンタイン。これ、どこのチョコか知ってる?」



とりあえず驚いたような顔をして口を動かしながら、ハボック少尉が首を振る。
すこしの間咀嚼して、ごくんと飲み込んだ後、第一声は気の抜けたような声だった。



「俺・・・こんなの大佐に見られたら、絶対いじめられる・・・」
「ふふ、何で?大げさよ」


ハボック少尉の様子が面白くて、ついからからと笑う。


「そんなふうに可愛く笑って・・・大尉と親しくお喋りした後の俺の惨劇、知らないでしょう。
 いつも大佐に、すごくいじめられるんですよ。だからばれるんですよ、ホント」
「何の話かわかんないなぁ」
「大尉もいじわるですね・・・」



くすくす笑う私に、ハボックが恨めしそうだ。
本当に、そんな公私混同を大佐がするのかしら。
だとしたら・・・・困ったな。ハボック少尉と話すのは弟をいじるみたいで楽しいのに。



ハボック少尉が、ニカっと笑ってかがみこむ。
何かのおねだり?



「かわいそうに思うんだったら、もうひとつ下さい。これ美味いっすね」
「でしょ?実はすっごく高いのよ。ルントシュテットのだもの」
「・・・・・・どこですか?」




ルントシュテットは、お値段も敷居も高いセントラルの老舗。
愛好家は貴族が中心。
庶民の私からすれば、とっても高級なお店。

東部のお菓子店には置いてないから、わざわざセントラルから取り寄せた。

大きな箱は、個別注文で頼んだ時だけの特別なもの。
それはたぶん配送の関係で、店側としたら『仕方なく』していることで、
今回はそれを義理チョコ用に頼んだ。


普段は、個々でウィンドウに飾られている。
バレンタインの季節は特別、小さな箱に上品に収まったものが店内に並ぶ。
いろんな種類があるけれど、どれも木の箱に店の刻印が押してある上等なもの。


届いたときは、包装含めて過剰な丁寧さに驚いたけど、お値段を見て納得もした。
徹底した上流階級のこだわり。






「俺、店を見ていて『リット』は高いって思いましたけど・・・」
「この一粒でリットのチョコが箱で買えるのよ」
「実はすごいチョコですか・・・?」
「こういう特別な日は、滅多に食べられないチョコの味が嬉しいかと思って。
 少尉は、さっき私が口に放り込んじゃったから、もうひとつだけあげる。特別よ?」


にっこり笑うと、かがんでるハボック少尉がすぐ近くで同じようににっこりした。



「じゃあまた口に入れてくれてもいいですよ」
「・・・・大佐にいじめられるんじゃなかったの?」
「いいですよ。大尉がかまってくれるんなら、いじめられても我慢します」




こういうところが可愛くて、弟みたいについかまってしまう。
ハボック少尉の様子に、くすくす笑ってしまった。




「大尉、ちょっと・・・・」
「どうしたの?中尉。何かあった?」



ハボック少尉に2個目のチョコは一人で食べなさいと母親のように言って、
わざわざ呼びに来たリザのところへいく。



「・・・・・言いにくいんですけど、実は」
「うん、なあに?」
「・・・・大佐が見ていましたから」
「・・・・・・そう?」
「そうって・・・・後で困るのは大尉も一緒でしょう?大佐にいじめられますよ。
とりあえず、すぐフォローしてきたほうがいいのでは?」




いじめられるのはハボック少尉だけではないらしい。私もか。
気の利く後輩のアドバイスは聞いておいたほうがいい。
この後、大佐が拗ねて仕事に支障をきたしたら、たぶん私がリザに恨まれる。



「分かった。いますぐ大佐のところにいって、チョコ渡してくるわ」




手にした紙袋を見つめて、私は大佐の執務室へ急いだ。




こんこん。
「入りたまえ」
「失礼します」


扉を開けて、中に入る。
目の前には、確かに不機嫌そうな大佐の姿。



「あの・・・・これ、バレンタインのチョコです。
 いつもお世話になってます、どうぞお納め下さい」
「なんだ、その義理チョコみたいな渡し方は・・・・」
「だって・・・・ものすごく拗ねた顔してるんだもの。怖くて」



そう上目遣いで大佐を見上げると、近寄ってくる長身。
手が振りあがって、思わず身を固くした。
叩かれるようなことしてないのに、一瞬叩かれるような気がした。


そのくらい真面目な怖い顔。



なのに、顔に触れた手のひらは包み込むように優しくて
一瞬びくついて閉じたまぶたの緊張を解いて、目を開いて大佐を見つめる。


「吸い込まれそうな大きな瞳だな。これではハボックも逃れられまい」
「・・・・・あんまりいじめないでくださいね。私の弟分ですから」
「今日はずいぶん絡んでくるね。そんなに私を怒らせたいか?」
「ロイ、怒ってるの・・・・?」



不安になって大佐を見つめる。
彼はふたりでいるときに敬語を使うことも、敬称でよぶことも嫌がる。
だれよりも近い存在でいたいから、と・・・・。




私の不安そうな顔に、ふっと緩む大佐の顔。


「怒っていたけど・・・・・君にはいつもかなわない、結局」
「・・・・・?」
「分からない?」


こくりと頷く。
分からない私に対する説明は何もなく、大佐は紙袋を見つめる。




「チョコは手作りがいいとリクエストしていたはずなんだがね」



どき。



「ルントシュテットを取り寄せたのはすごいが・・・説明はしてもらえるんだろうね?」
「だって・・・・ロイは意地悪だわ」


面白そうな、心外そうな大佐の笑顔。
口ごもってとりあえずの説明をする。


「私が仕事忙しいの、知ってるでしょ?手作りは無理って、最初に言ったわ。
誰かさんが将軍の仕事まで肩代わりして、自分で仕事量を増やしてこなせないから。
私もたくさんフォローしてるの。それを承知でリクエスト?」



大佐が乾いた笑みを浮かべる。
意地悪を言ったのは分かってるけど、これでこれ以上大佐は何もいえないでしょ?


「耳が痛いな」
「だから、これで我慢してね。ルントシュテットもいい味よ」
「・・・・君は意外と意地悪だな」
「お互い様よ」



突っ張ってみたけど、本当は他に理由があって
それは私自身のために、絶対に秘密。



「ハボックにチョコを食べさせているところを見たよ」
「ロイも、食べさせて欲しい?」
「・・・・・正直、嫉妬した。だから私は勝手に食べるとしよう」
「え・・・・・?」



身体に回される大佐の腕。
これはひょっとするとひょっとして・・・・



「まさか、君を食べるとか言うつもり?」
「君は今日はいつになく意地悪だな。おとなしく食べられればいい」



ついばむように頬にキスをしてくる大佐。

男なのに、大佐はとってもいい匂いがする。
近くでその香りをかいでいると、まるで酔ってしまうみたいに心地いい。

そのまま抱かれてしまってもいいような気がした。
でもまだ朝なのに、いくらなんでも早すぎる。



「だめ。ロイ、寒いからやめて」
「ベタなくどき文句がそんなに気に入らないと?」
「その寒いじゃないの!もう・・・分かってる癖に」



冷え性の私は、普段からこの季節は厚着をしている。
たとえ大佐の体温が高くても、服をはだけられたらまた冷えてしまう。



大佐の手が私の手のひらに触れる。
指先を絡ませるように、重ねる。


「本当に、いつもこんなに冷えて・・・・どうしたらそんなに冷えるのか知りたいものだ」



指先にキスをされた。温かい吐息を感じて、その胸に飛び込みたいと思った。




「チョコ・・・食べてね。私は仕事に戻るから」
「また仕事に君を取られるのか」
「だって、まだ朝よ。出勤したばかりなのに・・・」
「君は真面目だ」
「そうよ。だから、私を尊重して」



大佐は苦笑する。
そうして私を腕に抱いて髪に触れる。


「いつもそうしてるつもりなんだがね・・・」



どきどきする鼓動を、大佐は気付いているだろうか?
腕の中で、こんな近いところにいたら聞こえてしまいそうな気がする。



「今日、君の家に行っていいか?」



甘くささやく大佐の声に、おもわずぎくりとしてしまった。
おや?と大佐が私の顔を覗き込む。思わず目をそらして、しまったと思った。



「・・・・ダメなのか?」
「・・・・・ダメ、です・・・」



きょとんとした大佐は、私のことをじっと見ている。
なんだか見透かされそうで、その視線から目をそらす。



「・・・・部屋に何かあるのか?」



ぎく。



目をそらして冷や汗をかく私を、大佐が面白そうに笑って眺める。



ああ。やっぱりいじわる・・・・




「やはり、今日行く。まさか門前払いはしないだろうね」
「私がロイの家へ行くのではダメなの?」
「・・・・・・それも嬉しいけどね。今度は私が言う前に、自分からおねだりしてくれ」



嬉しそうな大佐。絶対私、遊ばれてる。
覚悟を決めなきゃ・・・・





失敗した手作りのチョコが、残された材料の残骸とともに部屋を荒らしてる。
大佐が来る前にすべてを整理して隠してしまうのは、きっと無理。


見た目も味もきっと微妙なチョコ。
どう取り繕っても普段やらない人間が、無理して作った手作りチョコ。

それを目の前にした時の、大佐の反応が怖い。




・・・・それとも、もしかしたら・・・・