雪に願う1







空は一面の灰色。ぴんと張り詰めた空気が冷たい。
息を吐いたら、白い。
もしかしたら雪になるかもしれない。


「軍隊ってのは、ほんとに因果な商売だな」
「反乱分子もイシュバールの残党も、どうせ動くなら時期を選べってんだ」
「・・・・奴らも、今年はそうしてくれるといいなあ」


東方司令部の、貧乏くじを引いた軍人は皆、同じようなことをぼやく。
いつ残党や反乱分子が動いてくるか分からないから、軍隊にホリデーはない。






「せめてここにいなければいけないなら、静かに年をこせればいいんだが」

ため息をつきながら大佐が言っているのが聞こえた。
私は外から帰ってきたばかり。凍えた身体からコートを剥ぎ取る。

本当はもう少し着ていたい。
室内で外套を羽織ってるのはみっともないけど、そのくらい冷え切ってしまった。



「大尉、ご苦労様です。あったかいお茶を入れましょう」
「ありがとう、リザ。気が利くわね」


気心知れた後輩が入れてくれた温かいコーヒーに、ミルクをたっぷり入れて、
マグカップを手のひらで包み込む。指先の血が通うよう。



「外はどうでした?」
「そうね・・・静かよ。何もないし、起こりそうにもない。
 少なくとも、憲兵隊はそう思ってるみたい。当たるといいけど」


少し歯の根が噛み合わないのは、寒さで震えてるから。
本当にもう冬は苦手。


リザはふっと柔らかい笑みを浮かべて、ショールを膝にかけてくれた。
出世の早い後輩。気が利いて頭もいい。そして性格も。
面倒をみてあげる先輩の立場でありながら、面倒を見てもらってるのは私のほうかも。


「大尉はクリスマスも年末年始も返上でお勤めされてるんですから・・・
 せめて身体には気をつけてください。私たち部下より動いてらっしゃる」

リザがねぎらってくれる。


そういえばそうだ。言われるまで気付かなかった。
ここのところずっと、休みをとってない。

「家族のいる人たちは休ませなきゃ。いつ何が起こるかわからない軍隊だもの。
クリスマスなら、恋人に振られる心配のある独身者も同様ね。
 私はどちらも当てはまらないから、気が楽だわ」



笑顔で答える。
リザは困ったような顔で、それでも笑い返してくれた。




大尉!戻ったなら私への報告が先だろう?」

デスクの向こうから大佐の声。
かじかんだ指先はまだ戻らないけど、仕方ないから報告へ行く。

行きがけにリザが「まったく大佐ときたら」と目配せをしてきた。
今帰ってきたばかりなのに茶も飲ませないの?という表情。

私を気遣っての軽い仕草。
そんな彼女をカワイイと思った。




そうだよね、たいして危急の報告があるわけじゃなし。
身体の温度が戻ってからでも遅くないよね。




さっさと執務室へ戻ってしまった大佐の後を追う。
そういえばなぜさっきはオフィスのほうにいたんだろう?



「失礼します」

執務室をノックして入ると、とたんに腕を引っ張られる。
反動で扉がバタンと閉まる。

そのまま扉に押し付けられるように抱きすくめられて、
気付けば温かい大きな腕の中にいた。



「ロイ・・・仕事中よ」
慣れないけど、二人きりのときに大佐と呼ぶのを、彼は嫌がる。


「なんだこの身体は。すっかり冷え切っているじゃないか」


少し怒ったような、拗ねた声。
問答無用で唇を重ねられる。そのまま頬、耳朶へと唇が触れる。
私はまだ冷たい手のひらでそれを制し、大佐を見る。

うっかり目があってしまって、思わず笑みがこぼれた。
そのまま黙って大佐の腕に身体をうずめる。


「あったかい・・・」

大佐の鼓動が聞こえる。どこよりも落ち着く場所。



「・・・いったいどこまで行ってきたんだ。
どうしたらこんなに冷え切ることができるのか知りたいものだな」


少しずつ戻ってくる体温を自覚しながら、私は少し笑った。
彼は、冷え性の私にいつも同じことを言う。


「じゃあ、このままで報告失礼します」

私が大佐の腕の中で言う。
腕を放す気配も、抗議する様子もないことを確認して、先を続ける。


「憲兵隊の報告は異常なし。
クリスマスに続き平穏な年明けを迎えられそうだということです」


そう。静かで平穏なクリスマスだったのだ、今年は。


だけど前後して仕事の忙しかった私や彼は、
この冬を待ち遠しく望むイベントからは一切縁がない生活をしてきた。

ようするに、クリスマスもニューイヤーパーティーもなし。


今年のクリスマスも大佐からプレゼントは貰ってない。
私も準備が間に合わなくて、渡せていない。



付き合い始める前から覚悟はしていた。
後悔はない。それどころか、それで当然と思ってる。
だって仕事なんだからしょうがないじゃない?




「・・・寂しい思いをさせてないだろうか、気にしているんだが」
「そうなの?」
「まったく、いつもどおりで拍子抜けするくらいだ」
「だって、仕事でずっと一緒にいられるのに。寂しくなんかないわ」



ひとり取り残される恋人を思えば、そっちのほうがよっぽど寂しい。
クリスマスに独身者を恋人の下へ行かせた理由は、そこ。

忙しくても好きな人と一緒なら寂しくはない。
―――――――――それはもちろん、不満がないわけじゃないけど。



そう思って、ふふっと笑うと大佐が腕に力をこめた。
ぎゅっと抱かれる腕の中。誰よりも愛されてると知って、嬉しくなる。




腕の余韻を感じながら、身体を離す。
大佐が腕の拘束をゆるめ、私はそこから抜け出す。
離れた身体を求めるように伸びてきた腕をかわして、私は扉へ手をかけた。


!」
「もう戻ります、大佐。仕事もあるし」


わざと仕事モードで答えると、それ以上は引き止められないと踏んだのか、
彼はあきらめ顔で頷いた。


「そうだ、ひとつ提案だが・・・こんな日に勤務を余儀なくされている諸君に、
私からのプレゼントはどうかね。」

いたずらっぽく提案されて、ついときめいてしまった。
その顔は反則でしょう?


「豪華な料理をデリバリーだ。詰めている軍人の人数分、十分に間に合うように。
こんな日に仕事してるんだ、そのくらいしてもバチはあたるまい」
「今から?間に合うかしら・・・」


言った後で、この人には杞憂だ、と思い直す。
案の定、彼は不敵な笑みを浮かべた。


「間に合うさ。クリスマスに思いついて、今日の予約でホテルに頼んだからな。
おおまかな人数しか知らせてないが、金を払えば多少の融通は利かすだろう」


さすが、如際ない。感心する。


「でもクリスマスに思いついたって・・・
日にち、あまりなかったのに、よく見つけたわね」
「言ったろう?金を払えば大抵の融通は利くんだ」


世の中金ですか・・・でも大佐が言うとカッコイイのはなんなのかしら。



「了解です。隊の者も皆喜ぶと思われます。ご厚意感謝します」

敬礼して、退室する。
大佐に教えられたホテルに連絡すると、あっさり話が通った。


そこは私でも知ってる。料理の評判がよくて予約の大変なホテル。
大佐はいったいいくら使ったんだろう?
クリスマスに思いついたって言ったけど、本当かしら?





散らかり放題のオフィスの一角を、手のあいた全員で片して、スペースを作る。
届いた料理は乗り切らないほど多かった。


生ウニとキャビアをのせた馬鈴薯のプレッセ。サーモンのマリネ。フォアグラのポワレ。
子羊のロースト。マカロニグラタン。クロックムッシュとデコレーションケーキ。フルーツの盛合わせ・・・


「まだあるの?」
配達人が、チーズとベリーをのせたクラッカーの盆を持ってきたとき、
とうとう言ってしまった。まるでクリスマスみたいな豪華さ。


でも、その日の勤務者はみんな喜んでいた。
良かったね。あったかい気持ちになる。



「これは、大尉のおかげでしょうね」
ハボックがこそりと耳打ちしてきた。


彼はかなりフランクに接してくれる部下の一人。
普段は名字に敬称をつけるが、たまに今みたいに「大尉」と名前で呼ぶ。


「そうなの?」

知らん振りして答える。社内恋愛は秘密にするのが周囲への礼儀。
それは親しいものへも同じこと。たとえばれてるとしても。


ハボックはふふんと笑って、見透かした目で私を見る。


「その目、イヤラシイなぁ・・・大佐に言いつけるわよ」
「そうきたか。勝てないなぁ大尉には。大佐には内緒にしてください」

ハボックに片手で拝まれて、つい笑ってしまった。
そんな謝り方が似合うのは、きっと彼だけだろうな。


「今の謝り方、可愛かったから許してあげる」
「っス。じゃ、俺も食べてきます。ごちそうさまです」



仕事中なのでお酒はなし。飲み物はソフトドリンクやお茶。
料理は、手の空いた者が入れ替わり立ち寄っては食べていく。

お皿に手を伸ばして、少しつまんだ。
評判がいいところだけあって、本当に美味しい。


でもせっかく料理も揃ってるのに、大佐の姿がまだ見えない。
もしかして、真面目に仕事中?



料理が荒らされない綺麗なうちに、皿に取り分けて、盆に載せる。


勤務中はみんな食べるくらいしか楽しみがないんだから。
せっかく料理を頼んだ人が、一口も食べないうちになくなってしまうじゃない。



様子を見に行くがてら、執務室に持っていってあげよう。




そう思って、大佐がいるであろう執務室に足を向ける。

クリスマスも誕生日も何もいらない。
ただあなたと過ごせれば、それでいい。