雪に願う2
だれもいない執務室に、そっとお盆を置いた。
真面目に仕事をしてるかと思ってたのに、いったいどこに行ったの?
廊下は当然冷え切っている。
誰もいない執務室も、温もりは残ってるものの大差ない。
執務室に入ればあったかいと思ってたのに。
そんなことよりも・・・一緒にいられると思ったのに。
この時期に済ませないといけない仕事は、あまりない。
必要な仕事はもうあらかた片付けてしまった。
――――――――――さっき、もう少し一緒にいればよかった。
ふと、そう思ってしまった。
ある程度仕事に目途がたたないと落ち着かないから、
そう思って振り切ってしまったけど、失敗だったかもしれない。
今会えないと夜勤の交代もこれからだし、また仕事が出てきてしまうから、
もしかしたら勤務が終わるまで会えないかも・・・
いてもたってもいられなくて、部屋を出た。
ここで待つより大佐を探そう。
外に出る用事は聞いてないから官舎にいるはず。
そうして、ほうぼう歩き回って、とうとう会えないまま・・・
もっとも、大佐を探し回って無意味に動きまくったおかげで、
今はうっすら暑いくらい。廊下も寒くない。
絶対いないと思ったけど、外付けの非常階段まできてしまった。
こんな寒いところ、冷え性の私がすすんで出てくるなんて有り得ない。
非常扉を開けた瞬間、白い息と刺すような冷たさに怖気づいた。
でもすごく澄んだ空気を感じて、そっと外に出る。
空は日が暮れて、真っ暗。
さっきまで見えていた灰色の厚い雲も闇に隠れて見えない。
さすがに官舎をくまなく回ると疲れる。
これから夜勤なのに・・・
ため息をつくと、白い息が空を舞う。
その色の綺麗さに少しだけ見惚れて、つくづく冬だなぁと思った。
戻ろう。これ以上冷えたら大変。
そう思ったときに、扉が開いた。
外は足元を申し訳程度に照らす光しかないから
扉の向こうの光はものすごくまぶしくて
そのなかに大佐がいたから、私はとても驚いた。
「ようやくみつけた・・・」
少し息を乱して、私を見つめる大佐の姿。
ようやくって、大佐も私をずっと探してた?
「君は・・・いったいどこをうろついていたんだ。
おかげでこっちはうっかり中尉に会ってしまって、つかまるところだった」
てことは、逃げてきたわけね?
それもいつものことだと思い至って、つい笑ってしまう。
大佐はくしゃりと髪をかきあげて、眉を寄せる。
機嫌が悪いのだろうか?笑っちゃいけなかったかな?
「オフィスに行ってみればは外に出ているし、待ってみてもなかなか戻らない。
ようやく帰ってきたと思ったら、ほんの少ししか一緒にいられずに、仕事に君をとられてしまう。
これはいったいなんの冗談だ?」
あのとき大佐がオフィスにいたわけが分かった。
「君に会いにオフィスへ顔を出すといない。執務室に帰ると料理の盆が置いてある。
まだ温かいからそんなに時間はたってないはずと、そこらじゅうを探し回って・・・」
ずっと、行き違いだったの?
それでようやく会えた場所が、ここ?
「ようやく会えた場所が、よりによって何故ここなんだ?
外に出て行く後姿を見て、もしやと思ったが・・・
寒いじゃないか。これ以上冷えたらどうする?」
しごく、同感。
にっこり笑って言ってみた。
「風邪引いたら看病してね?」
「仕事の手が空いたらな」
にべもない。やはりちょっとむくれている模様。
でも・・・
「ロイに会えてよかった。もう勤務終わるまで無理かと思ってたから・・・」
行き違いになっても、私に会うことをあきらめないで探してくれた。
ありがとう。タイムリミットの前に会えて良かったね。
「私もずっと探してたのよ」
彼の少し驚いた顔。
「それでこんなところにきたのか?いるはずないだろう」
「だって、ほかは全部見たもの。あなた、どこにもいなかったわ」
私をじっとみつめる彼の眼差し。
バカな女だとあきれているのかも知れない。
「バカだな・・・執務室で待っていれば、こんなに冷えなくてすむものを」
ああやっぱり・・・あきれてるのね。
それなのに、彼の腕が伸びてきて私を包む。
彼の身体は、今さっきまで動いてたせいか、あったかい。
腕の中にいると何もかもどうでもよくなって優しい気持ちになる。
この場所は、とても落ち着く。
「ここね、空気がすごく澄んでるの。気持ちいいくらい」
そう言って、腕の中から見上げると優しい笑顔。
よかった。もうむくれてない。
私も一緒に笑顔になった。
「ロイ。これ・・・あげる」
制服の中から取り出す。今日外に出たついでに、買ってきた。
本当はクリスマスに合わせて注文してたのに、仕事に思ったより時間をとられて、
今日まで引き取りにいけなかったもの。
「ハッピーニューイヤー、になっちゃったね。ごめんなさい」
大佐は中を見て、じっと動きを止めた。
贈り物は腕時計。大佐クラスの人がしておかしくないメーカーは敷居が高くて、
ちょっと無理して買ったもの。
気に入ってもらえるかな・・・・
趣味がハッキリしてる人だったらどうしよう。
大佐はこう見えて結構お洒落なとこがある。かと思えば、全然こだわらないことも。
これはどっちに転ぶかな?
緊張しながら様子を伺う。
大佐が口を開く。なんて言われるかと思わず身構える。
「薄給の身で、ずいぶん頑張ったな」
って、また金ですか!?カネゴンて呼びますよ、しまいには!
脱力した私をそのままに、大佐は腕時計をするりとはめて、笑顔を見せる。
「ありがとう・・・大切にする」
その笑顔は反則・・・
その顔見てしまうと、欠点なんてすべて覆い隠されてしまう。
カネゴンだってかっこよく見えてしまいそう。
大佐にお礼を言われた返事の代わりに、私もにっこり笑い返す。
そのまま手すりに向かい、外を見た。
「雪が降ればいいのに。
どうせこんなに寒い夜なんだから・・・そう思わない?」
吐く息が白く凍る。
モノは渡したし、そろそろ中に入ってもいいかな。
そう思ったら、隣に大佐が並んだ。
大佐も手すりにもたれて外を眺める。寒い夜の手すりは氷のような冷たさ。
「は、こんなときでも変わらないな」
「変わらない私って、なに?」
大佐が苦笑して首を傾げる。
「冬のイベントをないがしろにされて文句も言わない。できた恋人だと思うよ」
「ありがとう・・・」
「おまけに、贈り物をくれない恋人に、こんな物までくれるとはね」
―――――――――――ほんとは。
こういうところは手抜かりなさそうな人が、どうしたのかと思った。
恋人同士のイベントに、遅れを取るような人じゃないでしょ?
でも、もしかしたらそれだけ本当に忙しかったのかも。
そして私は、プレゼントが欲しくてつきあってるわけじゃない。
「いいの。クリスマスもニューイヤーも家族で過ごすものでしょ?」
ロイが何を言われてるのか分からないという顔をする。
確かに、ちょっといきなりすぎたかも・・・。
「・・・ロイの家族は、この司令部の隊の人間なのよ。私はその中の一人なの。
例えて言うなら、そうね。ロイが父親で、部下が子供?」
「女房役は君か?」
ロイが面白そうな顔をして話に乗ってくれる。
「女房役・・・仕事の上では、リザじゃないかしら・・・」
「・・・それは、まあいい。は家族の中でどんな位置になるんだ?」
「そうねえ・・・小姑、とか・・・?」
一瞬の沈黙の後、大佐が吹き出した。
そのままこらえきれない様子で身体を丸めて笑い続ける。
「はは・・・君は本当に・・・・・・なんというか・・・」
大佐が笑ってくれて、なんとなく嬉しい気持ちになる。
こんな時間の過ごし方がしたかった。
「だからね。静かに司令部の家族皆でニューイヤーを迎えるのも、
―――――――――――こんな過ごし方もいいんじゃないかしら?」
そう笑顔で言う私に、大佐は隙をついてキスをした。
一瞬のことで、私は神業みたいな電光石火の早業に、ただ驚いた。
目の前には満足そうに微笑む大佐がいる。
「本当は、クリスマスに準備するはずが、思ったより仕事に時間を取られてね。
私としたことが・・・間に合わなかったなんて、かっこ悪くて言えなかった」
あの料理のこと?
ばらさなければ知らないままでいてあげたのに。
でも素直な大佐を知ってるのは、たぶん私だけ。そう思えると、愛おしい。
「いいじゃない。ニューイヤーには間に合ったわ」
大佐は苦笑すると、ポケットから箱を取り出す。
受け取って、箱を見つめる。
「これ・・・・私に?」
目が合うとニッコリ頷く。
私はすっかりかじかんだ手で、リボンを引いた。
銀の天使が白い宝石を抱いたネックレス。
プラチナかもしれない。それともホワイトゴールド?
この白い宝石は・・・
「ドロップパールというんだ。君の誕生石だというんでね」
ドロップパール?
私の誕生月の石は、ドロップパールじゃないのは確か。
贈られたものはすごく気に入ったけど・・・・。
不思議な顔をしている私に、大佐が気付いた。
「知らなかったのか?こういうのは女性のほうが詳しいと思っていたが」
面白そうに言う。少し得意げな彼。
「12月分はともかく、さすがに365日分の石など、把握はできまい」
いわれて、ようやく飲み込んだ。
やはりこういうところでミスする人じゃない。
「これ・・・私の誕生月じゃなくて、誕生日の石なの?」
指先が凍えて動かない私の代わりに、大佐がネックレスをつけてくれる。
そのままぎゅっと後ろから抱きしめられて、頬にキスをされた。
